Pacalla馬図鑑 マルワリ編

2022/05/20

カテゴリ:馬のはなし / Pacallaオリジナル

 

こんにちは! Pacalla 編集部のやりゆきこです。『Pacalla 馬図鑑』シリーズは、さまざまな馬の品種を紹介していく連載企画! 各品種の基本情報だけではなく、その品種にまつわる逸話や私の個人的な見解なども織りまぜながらご紹介する、ちょっと変わった図鑑です。

 


 

耳はかわいいけど実は勇敢でかっこいい! インドの軍馬『マルワリ』

 

今回ご紹介する『マルワリ(Marwari horse)』は 、内側にくるりと湾曲したとても不思議な耳を持つ馬です。原産地はインドのラジャスタン州のジョードプル(旧マールワール王国)。マルワリはその忠誠心と勇敢さから、かつては軍馬として重宝されてきました。またインドでは数々の伝説が語られ、非常に神聖な馬と考えられてきました。「インドの誇り」ともいわれ、一時は王族よりも敬われていたというから驚きです!

 

マルワリの原産地 ラジャスタン州

▲マルワリの原産地ラジャスタン州

 

マルワリの起源ははっきりしていませんが、インドの西海岸にたどりついた難破船に乗っていたアラブと在来ポニーが交配したことにより生まれたといわれています。(本格的に生産が始まったのは12世紀だそう)。

2014年の論文では、マルワリのゲノム解析を行って、そのデータを他の馬32品種729頭のデータと比較したところ、現在のマルワリとアラブに密接な関わりがあることがわかり、そのほかモンゴルの馬の影響があるだろうと発表されています(※1)。

(※1)しかしインドではアラブとは関係なく、マルワリは世界で最も古い品種の1つであり、土地に固有のものであると主張されていることが多い。

 

マルワリの伝説:軍馬として非常に優秀だったマルワリには、ゾウと戦ったという逸話がたくさん残っている。主人を守るため城壁を飛び越えてゾウと戦ったという話、ゾウから攻撃を受けてマルワリ自身は負傷したけれど体を張って主人を守ったという話など。マルワリがゾウの被り物(鎧?)をつけて、ゾウと対戦しているシーンもよく絵に描かれている。まあ、日本の感覚でいうとゾウに乗って戦っていること自体に驚いてしまうのだが。さすがインド…!

 

 

マルワリが軍馬として重宝された理由は『インド耳』と『方向感覚』?

 

前述の通り、マルワリがスーパー軍馬として崇められてきた理由には、その勇敢な気質が挙げられますが、いちばんの特徴といえる『耳』も軍馬として活用された理由のひとつになっています。

繰り返しになりますが、マルワリの耳は内側に湾曲していて、さらに耳の先端がくるりと曲がっています。これは『インド耳』と呼ばれていて、鎌の形といわれたり、竪琴や弓に例えられたりするのですが、個人的には耳の先端がくっついてハート型をつくる…という表現をした人に一票を投じたいと思います!(なぜって、かわいいからです)

 

▲マルワリのインド耳 
Rashvin.wiki, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

 

しかし、なぜこのかわいらしい耳が軍馬に結び付くのでしょうか? それはこの耳が180度くるくるとよく回り、その動きから「マルワリは聴力が優れている」と信じられてきたから…! 耳が良い馬は、戦場でも活躍できると考えられたんですね。

また、この耳の形状は異種交配するときに消えやすい特性で、形が整った耳を持つマルワリほど純血の度合いが高いといわれたり、反対に交雑されても子孫に色濃く残るといわれたり、いまだ謎が多いものでもあります。

そのほか、砂漠地域で暮らしてきたマルワリは方向感覚も優れているといわれ、そのことも軍馬として採用される後押しになったようです。ただし、これらの話は民間伝承で引き継がれてきたもので、他の品種との聴力を比較した研究などがされたわけではなく、明確な根拠はありません。

 

 

耳以外にもたくさんある! マルワリの身体的特徴

 

▲マルワリの美しい馬体が際立っている動画(YouTube)

どうしても耳ばかり注目してしまいがちなマルワリですが、実はそのほかにも多くの身体的な特徴を持っています。そんなわけで、以下に整理してご紹介します。

 

<全体>

・体高は145cm前後、体重は380kg前後とサラブレッドより一回り小さいが、背は長い。
(背とはき甲から尻のはじまりあたりを指す)

 

<頭・顔>

・直頭またはさめ頭。きれいな彫りの深い輪郭と丸みのあるやや主張強めの顎、まつ毛が長くて目立つ目(※2)を持ち、鼻孔は大きくて、薄い唇。耳は一般的な長さで形が良く、前述の通り内側に曲がっている。牝馬の方が耳はやや長いとされる。

 

<首>

・首がとても太く、き甲から直角に上へ真っすぐのびているように見える。

 

<尻尾>

・尻尾が上によく上がり、とくに走っているときなどによくみられる。
(これぞポニーテール!と言いたくなる感じ)

 

<肢・蹄>

・肢は細くて長い。また形の整った蹄は硬くてとても丈夫なため、基本的には蹄鉄を履かない。

 

マルワリ

 

砂漠地域の馬であるため耐久性に長けており、全体的に筋肉質なマルワリ。しかし、同じく砂漠生まれで筋肉質といわれるアハルテケとは似て非なる感じがします。アハルテケをスレンダーとするなら、マルワリはコンパクトで丸みがあります。また、マルワリは首がとても太いため、正面から見るとがっしりとした印象を受けました。

(※2)まつ毛が長いのは砂漠の砂が入りにくいように発達したと考えられている。

 

小さなマルワリ?親戚『カチアワリ』:マルワリ以外にも『カチアワリ』というインド耳のウマがいる。カチアワリはマルワリより一回り小さい。それ以外にも目がちょっと離れていて、マルワリよりもさらに鼻孔が広い。インド耳ではあるものの耳自体は小さめ。また、マルワリはラジャスタン州原産だったが、カチアワリはクジャラート州が原産である。

 

 

豊富なカラーバリエーションを持つマルワリ。毛色によって縁起の良し悪しも?

 

▲毛色はなんでもあり。こちらはブチ毛のマルワリ 
Heather Moreton from Louisville, KY, USA, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

 

毛色についてはとくに制限はなく、芦毛、茶色のブチ毛、黒のブチ毛、月毛、河原毛、鹿毛、青毛、白毛とたくさんのカラーがあります。インドではグレー(芦毛)のマルワリは一番縁起が良いといわれており、次に茶色のブチ毛、黒のブチ毛の順に縁起が良いとされています。

 

▲すべての足に白徴が入っているマルワリ 
Virendra.kankariya, パブリックドメイン, via Wikimedia Commons

▲黒っぽいマルワリ

また、4本の肢の全部に白徴が入っているマルワリは幸運のシンボル、額に作が入っている馬も幸運といわれています。反対に、黒いマルワリは死を予感させ不吉であるといわれています。

しかし、インドでマルワリを販売している方に話を聞いたところ(※3)、実際には毛色よりも耳の形、体のバランスなどが重視されるため、黒いマルワリも他の色と変わらない扱いとのこと。日本でも黒猫が云々…といわれるけれど、実際はかわいがられているのと同じようなものなのかもしれませんね!

作など、ウマの額の模様についてはこちら>

(※3)InstagramのDMを通じてマルワリの生産者の方、販売者の方など数名にお話を聞きました。

 

▲白いマルワリ。神馬に白い馬を好むのは日本との共通点ですね  
Shirjeel Imran Malik, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

 

白毛については神馬として宗教的な儀式などに使われ、「ヌクラ」と呼ばれています。そのため血統登録はできないと書かれている資料も多いのですが、こちらも実際にヌクラを飼育しているインドの方によると、血統がしっかりわかっていれば登録は可能とのことでした。

 

 

歩様も独特…マルワリの『リヴァル(リワル)』

 


▲サラブレッドを見慣れている私たちには不思議な歩様に見える?!(YouTube)

 

見た目や気質だけでなく、マルワリには歩様にも特徴があります。リヴァルまたはリワルと呼ばれる、肢を高く遠くに高く上げて走る側対歩を身に付けています。これは砂漠の砂の上を移動するのに適応した結果だそう。(なるほど!!)

日本の在来馬であるドサンコも側対歩を使ったりしますが、ドサンコはリヴァルほど高く肢を上げません。リヴァルの印象は、どちらかというと繋駕速歩競走に使われるトロッターのような足の上げ方(ハイステップトロットなど)に近いかもしれません。

側対歩を漫画で解説!(Twitterに遷移します)>
繋駕速歩競走についてはこちら>

 

 

イギリス植民地支配によるマルワリの衰退と現在

 

こんなに特徴的で魅力たっぷりのマルワリですが、一時は絶滅の危機に瀕していたこともあります。1858年、インドはイギリスの植民地になりました。その際にインドに来たイギリス人がポロポニー(※4)やサラブレッドの生産に力を入れたため、マルワリはあまり生産されなくなってしまったのです。

インドでは『良いこと』であるとされてきた耳も、植民地支配下では「このような奇形が生まれるのは、インドでの繁殖の質が悪いからだ」と嘲笑の対象になっていったそうです。それに加えて、1900年代に入ると軍馬そのものの需要もなくなり、マルワリは衰退の一途をたどっていきます。

1930年代にインドのマハラージャがマルワリを保護しようと立ち上がり、運動をはじめましたが、そう簡単にはうまくいかず…1992年の時点で3000頭まで数が減ってしまいました。その後、1999年にインド在来種馬協会が設立され、保護活動と生産がやっとうまくいきはじめます。マルワリはそれまで海外への輸出が禁じられていたのですが、少しずつ欧米に輸出を許可しはじめ、現在は数が増えてきているそうです。ただし、現在の明確な頭数は不明です。

 

▲結婚式で着飾るマルワリ
Christian Wittmann,CC BY-NC 3.0

 

このように、まだまだ飛躍的に状況が良くなったとはいえないマルワリですが、現在はリヴァルを活かし馬場馬術の世界で活躍したり、結婚式などに登場したりしています。軍馬としてのイメージが強い一方で、『踊るために生まれた馬』とも評されることもあるマルワリは、セレモニーなどですてきな演技を披露しているようです。

(※4)近代スポーツの『ポロ』は実はインド発祥。植民地であるインドにきたイギリス人よって欧米に広がった。ポロポニーはポロに使われている馬のことを指す。

ポロの歴史やルールについてはこちら>

◆◆◆

いかがでしたか?
マルワリについてはこれまで紹介した品種よりも情報が少なく、曖昧なところも多々ありますが、調べれば調べるほどおもしろい馬です。長い間、インドからの輸出が禁止されていたこともあり、おそらく日本には一頭もいないのではないでしょうか。もし日本でマルワリを見かけた方がいらっしゃいましたらぜひご連絡ください!(飛んでいきます!)

 

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<参考文献>

・世界で一番美しい馬の図鑑 | タムシンピッケラル(2017年発行/エクスナレッジ)

・MARWARI HORSE : The Comprehensive Guide on Marwari Horse Training, Care, Feeding, Housing, As Pet and Lots More (2022年5月発行/Alberto Gabby)

馬事協会便り「インドのウマ事情」(2011年3月発行/日本馬事協会)

・『馬の百科』万有ガイドシリーズ15 |マウリツィオ・ボンジャンニ(1982年発行/小学館)

ALL INDIA MARWARI HORSE SOCIETY(2022年4月閲覧)

Business Standard「Horse, the Indian story」(2013年9月20日公開記事)

HORSE ONLY「Marwari Horse: The Beginner’s Guide (2022)」(2022年4月13日公開記事)

・HORSEY HOOVES「Marwari Horse Price: How Much Do They Cost?」(2021年6月17日公開記事)

・International Encyclopedia of Horse Breeds|Bonnie L. Hendricks(2007年発行/ University of Oklahoma Press)

・I♡HORSES「Meet The Marwari Horse: A Rare Breed Known For Their Curly Ears」(2019年12月2日公開記事)

Whole genome sequence and analysis of the Marwari horse breed and its genetic origin (2014年12月発表)

INDIGENEOUS HORSE SOCIETY OF INDIA(2022年5月閲覧)

Horse Genetic Resources of India MARWARI An Elegant Horse Breed」(2007年発行)

・Breed characteristics of Marwari and Kathiawari horses(Manoj Kumar Singh/2002年発表)

 

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