フォトグラファー内藤律子の『思い出の名馬たち』 vol.1

2021/06/25

カテゴリ:馬のはなし / 色々なはなし / 人のはなし / Pacallaオリジナル

1990年にはJRA馬事文化賞を受賞。オグリキャップをはじめ、これまで数多くのサラブレッドを撮影してきたフォトグラファーの内藤律子さん。
「愛しのサラブレッド」「神威の星」「オグリキャップの子どもたち」「わたしはサブリナ」「サラブレッドの四季」「サラブレッド浪漫」などの写真集を出版し、全国各地で写真展を開催してきました。

そんな馬産地フォトグラファーのレジェンドである内藤さんが、この度『思い出の名馬たち』について、Pacallaで数回にわたり綴ってくださることになりました。ぜひお楽しみください。


 

初めてのサラブレッド撮影の仕事だった『カブラヤオー』

 シンザン・トウショウボーイ・カブラヤオー・ハギノカムイオー、そしてオグリキャップ等、私が夢中になって撮影してきた馬たちです。


今は、仔馬、若駒を撮影することがほとんどですが、初めての馬の取材撮影は1977年、週刊競馬報知からいただいた、カブラヤオーの初種付けでした。とてもデリケートな馬で、テスト種付けに2日間もかかってしまいました。それでも人間が大好き、私にも優しく接してくれ、カブラヤオーは私に馬とのスキンシップの仕方を教えてくれた馬です。それからは毎年、北海道に入るときはカブラヤオーに会いに行くようになりました。

 

自らの売り込みで得た仕事『北からのメッセージ』

フォトグラファーとしての私の師である、今井壽恵先生にご紹介いただいた大きな牧場を中心に、内国産の種牡馬たちも追いかけていました。30頭ほどの馬を撮り、JRAの広報室に売り込みに行って得た仕事が『北からのメッセ-ジ』という内国産種牡馬たちのシリーズです。

広大な放牧地にグループでいる親子馬や若駒より、小さなパドックにたった一頭でいる種牡馬は、正直どのように撮ったらいいのか悩みました。しかし、それぞれが一世を風靡した馬たちです。それぞれに個性があり、それぞれの魅力を引き出せないかと考えました。今でこそ、内国産種牡馬という言葉が消えかけているほど、内国産の種牡馬は当たり前の存在ですが、その頃の馬産地では外国産種牡馬の下に見られていました。また、馬産地を訪れるファンも少なく、珍しがられたものでした。

 

貫禄のあるシンザン、やんちゃなトウショウボーイ…個性豊かな名馬たち

私が初めてシンザンを撮影したのは、シンザンが18歳の頃です。とても貫禄があり、雰囲気もあり、絵になる馬でした。あの立ち上がるポーズが撮りたくて、牧場の斎藤さんにお願いしました。シンザンは嫌になると、「お前が悪い」という感じで、威嚇してきました。あのときは怖かったですね。



 

一方、隣の放牧地のタケホープは穏やか。角砂糖をあげると口の中で転がすように味わってくれました。馬を放したままの掃除刈り。今では考えられませんが、そんな中、機械の中に顔を突っ込む姿に微笑んだものでした。


 

トウショウボーイはやんちゃで、よく、木を挟んで追っかけっこをしたものです。あの美しい瞳と姿。こんな美しい馬は見たことがありませんでした。ライバルのグリーングラスも美しかったです。



 

アローエクスプレスは本当に穏やかな馬で、牧場の門別さんはファンの方が来ると、背中に乗せて記念写真を撮らせてあげていました。ドアが少し開いていると、鼻先で開けるという特技も。同じ種牡所にいたサクラショウリは、反対に牧柵沿いに『危険近づくな』の看板がある馬でした。本当にこんな撮影までさせていただき、今思うと冷や汗ものですよね。



 

タイテエムは棒遊びが大好きでした。4ページほどのモノクロページでしたが、とてもいい経験をさせてもらいました。


 

 

そしてハギノカムイオー・オグリキャップ、私のスタイルを導いてくれた馬たちです。
次回はこの2頭についてもお話できたらと思います。

 

内藤律子


 

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▼内藤律子さんインタビュー動画

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