まるで馬と草の攻防戦みたい!? 馬の歯のふしぎ

2020/11/18

カテゴリ:馬のはなし / Pacallaオリジナル

こんにちは、Pacalla編集部のやりゆきこです。
皆さんは『馬の歯』にどんなイメージを持っていますか? 歯が大きくて目立つイメージがありますよね。

実は馬(ウマ科)の歯には、それ以外にも面白い特徴がたくさんあるんです…!
今日は馬の歯について一緒に学んでいきましょう~。

 

まるで馬VS草の攻防戦みたい!? こうして馬の歯は進化した!

まず、歯の使い道から考えてみましょう!
人間は食べ物を咀嚼するために歯を使いますよね。同じように馬たちも咀嚼のために歯を使っています。
絶滅した種を含む、野生のウマ科の動物たちは砂漠のようなところや、ステップ地帯などに生息することが多く、イネ科をはじめとする硬くて消化しにくい草を主食にしてきました。

このような草たちは細胞壁にフィトリスという硬~~い粒子を持つようになり、馬などの草食動物に食べられなくなっていきました。
ですが、ウマ科の祖先たちも歯が進化したり、盲腸の中にセルロースを分解する微生物を持つことによって、このような硬い草も食べられるようになっていきます。
結果的にではですが、なんだか、馬と草の攻防戦のようですね…!

 

▼馬の食性と歯の進化の歴史(参考)ウマの進化についての詳細はこちら≫

 

①芝生、食べたことありますか?

皆さんは芝生や乾草などを食べたことはありますか…? 一見そんなに硬そうには見えませんが、食べたことがある人によると『とても人間の歯で噛み切れるものではない。人間が食べる場合、上下の前歯で挟んで、手でちぎりながらであればかろうじて食べられる』とのことでした。それくらい噛み切れないんですね!

 

 

草をすりつぶすための工夫がいっぱい!ウマの歯列

硬く進化した草に対抗した結果、最終的に馬の歯は上図のような歯列に進化しました(ウン百万年後にはまた変わっているかもしれませんが…)。『切歯』『犬歯』『狼歯』『臼歯(前臼歯&後臼歯)』があり、最大で合計42本の歯が生えています。その内訳は以下の通りです。

・切歯…上6本+下6本=12本
・犬歯…上2本+下2本=4本
・狼歯…上2本
・臼歯(前臼歯&後臼歯)…上12本+下12本=24本

なぜ“最大”かといいますと、犬歯は牝馬には見られないことも多く、また狼歯(厩舎用語では、やせ歯とも呼ばれる)は個体によって生えたり生えなかったりするためです。

 

次に、それぞれの歯の役割について見てみましょう。
上下の顎の口先にある切歯は短い草を切り取って、口に運ぶために使われます。そして、切り取った草は上下の頬の部分に並ぶ大きな臼歯ですり潰します。

これらの切歯と臼歯は伸びてはすり減る…を一生繰り返し、その個体の自然寿命が尽きるまでに完全になくなることはありません。これが硬い草に対抗する馬たちの秘策のひとつだったんですね!
ちなみに、切歯と臼歯は馬の年齢とともに歯冠※1が低くなり、歯根が発達していきます。

 ※1 歯茎から咬合面までの高さ

 

(参考)
▲実際にいろんな馬の切歯を見てみました。上図は4歳(左)と24歳(右)の馬の歯。

▲馬の頭骨を切り開いた際の右側のイメージ図。反芻せず歯だけで草をすり潰す馬の歯は長い!

 

ここまで切歯と臼歯のお話をしてきましたが、残る犬歯と狼歯は何に使われるのでしょうか…?
そう、実は犬歯と狼歯は咀嚼には使われていないんです。犬歯は野生下で戦うときや、グルーミングの際に使われることがありますが、飼育下ではほぼ役に立っていません。

また狼歯については主に上顎の左右、臼歯の直前に生えますが、馬自身が不快感を覚えたり、乗馬においてはハミの動きを邪魔したりとマイナス要素が多く、一般的には獣医師に抜歯してもらうことが多いそうです。(ちなみに筆者は人間ですが、狼歯のような歯が生えてしまい、5年ほど前に馬と同じく抜歯しました。)

 

 ②野生下の馬は咀嚼に1日18時間!

馬の歯は年間3~4mmほど伸びるが、野生の場合は1日18時間近く咀嚼に時間をかけるため、適度に歯がすり減る。しかし、飼育下では食事の時間が決まっており、伸びすぎることがあるため、その場合は獣医師によるメンテナンスが必要!

※Pacalla参加牧場の二風谷ファームさんが狼歯の抜歯も含め、歯の治療の様子を記事にしてくださっているのでぜひこちらもご覧ください。

 

③馬の歯替わりはクラシックレースに影響も

馬にも乳歯と永久歯があるが、乳歯として生えるのは切歯と前臼歯のみ。2歳半ば~5歳の間に歯替わりが起こるが、なんとそのピークが競馬のクラシックレースにドンピシャ! そのため各厩舎は歯の状態にも万全の注意を払っている。

 

すり減ってナンボ? 馬の歯の構造

皆さんは普段どんな歯磨き粉を使っているでしょうか。
歯磨き粉のパッケージにはエナメル質を守るとか、強化するとか書かれているものがありますよね。
人間の歯は象牙質をベースに、その咬合面をエナメル質が覆ってできています。
動物の体の組織の中で一番硬いエナメル質で、歯のすり減りを防ぐ構造になっているんです。

 


▲ヒトと馬の歯の違い(断面図)

 一方、馬の歯の咬合面はセメント質、象牙質、エナメル質が年輪のように並んだ構造をしています。
硬い組織とやわらかい組織が同居するこの構造は、ヤスリのような機能を持ち、硬い草をすり潰すのにとても適しているんです!咬合面がエナメル質で覆われていない分、すり減りやすくはなりますが、馬の歯はずっと伸び続けますし、歯冠が高いです。ですから、このような構造でも問題がないのです。

また、咬合面には黒窩(こっか)と呼ばれる変色が表れます。黒窩は草をすり潰すときの摩擦によって形状が変化していきます。これによって馬齢の推測を行うことも可能です。

 

馬は神さまからの贈り物? 歯槽間縁のお話

馬の頭骨のイラストから、切歯と臼歯の間に『謎の隙間』があることにお気づきでしょうか?
この隙間は『歯槽間縁』と呼ばれるものです。

この不思議なスペースは野生下では何のために使われていたのだろう?と、以前から疑問に思っていたので、今回調査をしてみました。しかし、海外の獣医師チームによるウェブサイト上に『咀嚼できないものを歯槽間縁から吐き出す』といった記述がちょろっとあるのみで、きちんとした研究結果から導き出されたものかどうかは不明。
残念ながら、はっきりとした答えを見つけることはできませんでした。(真相をご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひPacalla編集部までご連絡ください!)

 

そんな歯槽間縁ですが、飼育下での乗馬ではこの部分に人間の都合よくハミが収まり、馬と意思疎通を図ることができます。それを奇跡的、運命的なものとして、海外のことわざを引用し『馬は神さまからの贈り物』といわれることがあります。

▲歯槽間縁に収まるハミ

それゆえ、歯槽間縁は馬だけにあるものと思われがちなのですが、実は牛やウサギなど他の草食動物にも見られるようです。実際に、昔のテレビ番組で牛にハミを噛ませてみたところ、歯槽間縁にしっかり収まり、乗馬ならぬ乗牛ができたというエピソードがありました。

 

しかし、牛は馬と違って一度胃の中に入れたものをもう一度吐き出して噛み砕く、反芻動物です。そのため、乗牛の最中に牛の口から反芻したものが溢れ出して、ハミでの意思疎通どころではなくなってしまった…というオチがついたようです。

 

そう考えると、『馬は神さまからの贈り物』ということわざは、歯槽間縁とハミの関係だけを表しているのではなく、歯槽間縁がある・反芻をしない・跨りやすい背を持つなど…人間にとって、ありがたい条件がすべて備わっている特別な動物ということで生まれた言葉なのかもしれません。

 

◆◆◆

 

今回は、硬い草との攻防戦による歯の進化の過程から、歯槽間縁の謎まで…馬の歯のふしぎについてお届けしました。 歯、ひとつとっても話題が無限に広がってしまう馬って、やっぱり面白いですね~!
馬の体のふしぎについては、今後もさまざまな角度から調査をしていきたいと思っておりますので、楽しみにしていてくださいね!

それではまた!!

 

<参考文献>

〔図説〕馬と人の文化史/J・クラットン=ブロック(1997年)
「知」のビジュアル百科 馬の百科/J・クラットン=ブロック(2008年)
図説 馬と人の歴史全書/キャロライン・デイヴィス(2005年)
サラブレッドに「心」はあるか/楠瀬良(2018年)
そうだったのか!今までの見方が180度変わる 知られざる競馬の仕組み/橋浜保子(2016年)
馬のきもち HOW TO THINK LIKE A HORSE/チェリー・ヒル(2018年)
「食と農」の博物館 展示案内 No.59(2012年)
やさしい育成技術 馬の歯のハナシ/原 秀昭
馬の利用に関する近年の研究動向/中村大介(2019年)
ノウサギの頭蓋骨図説/芝田なみ(1979年)
イネ第2葉に形成される珪酸体の微細構造解析と元素分析/大越昌子 宮村新一(2004年)
自然科学のとびら 第7巻第4号 展示シリーズ8イネ科植物の歴史/木場英久(2001年)
知識の宝庫!!目がテン!ライブラリー『史上初!? 乗馬 VS(秘)乗牛』(2007年)

 

 

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