重賞制覇レポート『デアリングタクト』優駿牝馬(オークス)編

2020/06/09

カテゴリ:馬のはなし / 色々なはなし / 人のはなし / Pacallaオリジナル

デアリングタクトが完勝劇を見せた桜花賞から1か月半。北海道新ひだか町の岡田スタッドは前回を超えるお祝いの花に包まれていました。

無敗の牝馬2冠を成し遂げ、関係者やファンにたたられたオークスは、苦しい場面を切り抜けて手にした栄冠でした。

あふれんばかりのお祝いの花

 

歴史的な道悪だった桜花賞からプラス体重で2冠目に臨んだのは12頭のうち4頭。デアリングタクトは桜花賞から増減なしの466キロでしたが、岡田スタッドグループ代表の岡田牧雄さんはその姿を見て1冠目以上に自信を深めたと言います。

「デアリングタクト1頭だけがプラス体重に見えるくらい、張りがあった。アナウンサーも『メス馬の中にオス馬がいるようです』と言っていたけど、私もそう思ったよ。鞍下からびっしり汗が見えたので心配したけど、普通に常歩(なみあし)を踏んでいたから、これだけ落ち着いていたら大丈夫だろうな、と。ああ、今回は勝てるなと思ったよ」

単勝1・6倍と断然の支持。発汗こそしていたものの力を出し切れそうな精神状態を見て勝利を確信しましたが、いざレースに行くと冷や汗をかくシーンが続きました。1角で他馬と接触して顔を上げ、直線では右から閉められて外に出せず、内に進路を切り替えざるを得ませんでした。しかし、2度の窮地を乗り越えた先に待っていたのは、ミスオンワード以来となる63年ぶりの無敗の牝馬2冠という偉業。困難な状況下でも繰り出した上がり3ハロン33秒1は、オークス史上最速の記録となりました。

 

「1コーナーが一番きつかったと思うよ。あそこで、終わったなと思った。直線も2度外に出そうとしたけど開かなくて。だけど、前さえ開けば脚は使うと思っていた。間を割って出てきたときには『こいつ、すげえな』って言ってたよ。こんなことができる馬はなかなかいない。着差は半馬身だけど、パーフェクトだもんね。桁違いの末脚。ほんと、4戦とも驚かされた。普通なら桜花賞もオークスも負けてるよ。3歳世代の牝馬では抜けている」

桜花賞後のインタビューで「オークスでも驚かせてほしい」と話した言葉が現実になりました。レース後すぐに祝福の電話をかけてきたのはノーザンファームの吉田勝己代表だったそうです。

「自分のところの馬が4頭出ていて負けたのに、普通すぐに電話をよこすかな。えらいなと思ったよ。桜花賞の時はおめでとうなんてひと言も言わないで、『エピファネイアはすごいな。もうエピファ(の時代)だな。これからはリーディングだな』ってエピファネイアの話しかしなくて、おめでとうも言わずに切られたけど、今回はいきなり『おめでとう』だもんな(笑い)」

道悪のなか突き抜けた桜花賞

 

2番人気に推されたデゼルなど3頭を送り出した社台ファームの吉田照哉代表からは『岡田兄弟の時代だー』というメールが届いたそうです。「なんか気持ちよかったよ」と牧雄さんは柔らかく目尻を下げました。

吉田照哉代表のメールの通り、桜花賞で1、3着となった岡田一族は、オークスではデアリングタクト、ウインマリリン、ウインマイティーと1、2、3着を独占。日高の生産馬で上位を占めたのは、ダイワエルシエーロ、スイープトウショウ、ヤマニンアラバスタで決着した04年以来、16年ぶりのことです。

 

マリリン、マイティーを所有するウインレーシングクラブの岡田義広代表に「悔しかったー」と言われると、「お前はまだこれからだから」と返したと言います。

「たいしたもんだよ。あいつのところは2頭とも自家生産馬だから。こっちは買ってきた馬だから、お祝いされてもちょっと違う。(ノルマンディーオーナーズ)クラブの馬で、めちゃくちゃうれしいんだけど、生産馬じゃないというのは引っかかる」

この言葉に、オーナーブリーダーとして実績を積み重ねてきた牧雄さんのプライドが垣間見えたような気がしました。

セレクトセール時の写真

 

それでも、自身と同じ日高で馬産を営む長谷川牧場の出身というデアリングタクトの背景には声が弾みます。

「8頭しか繁殖牝馬がいないような小さな牧場でもこういう馬が出るんだ。こういう夢のある仕事をやってるんだよって、日高の牧場の人たちへ励ましになるような気がして、それはすごく良かった。こういう馬が勝たなきゃダメよ」

ハイセイコー、オグリキャップなど社会現象にもなった日高出身の名馬を挙げて続けました。

「あの時代が一番競馬が盛り上がったというのは、よく分かる。競馬ファンは、自分の人生を競馬に投影して応援している部分が大きい。そういう人たちにとっても、小さな牧場からこういう馬が出たのはうれしいと思う。日本の競馬自体にすごくいい影響を与えると思っている。長谷川さんもほっこりした話し方でいいよね(笑い)」

日高町役場にオークスの優勝幕も仲間入り

 

桜花賞がダンスインザムード以来16年ぶりとなる無敗の制覇なら、オークスは63年ぶりの無敗Ⅴ。いまだ土がついていないデアリングタクトには、枕詞のように“無敗”の文字がついてきます。しかし、牧雄さんはこの言葉を「あまり好きじゃない」と言い切りました。

「人生ってずっといいことが続くわけじゃないと思っている。馬も人間と同じで、本当に強くなろうと思ったら負けた方がいい。格闘技でも何でもそうだけど、負けた方が強くなれる。逆境にさらされて、嫌な思いをして、敗北した人間の方が必ず強くなる。競馬に関して、負けた方がいいというのはずっと言っている。人間でもそう。嫌な思いをして、くじけた人の方が必ず強くなる。のんべんだらりとやっていたら、いいことないって。一回は死に目に遭いなさいってよく言うよね。そうしたらシャキッとして、いいことが舞い降りてくるから。人気して負けたら、競馬ファンも損するから負けちゃいけないというのはあるけど(笑い)」

最後はいたずらっぽく笑いましたが、馬券もたしなむ牧雄さんは馬主側だけでなく、ファンの側に立った発言も多いように感じます。

「今回、(馬場へ)後出しだったでしょ。男馬に混じったレースなら後ろから行くのは普通だけど、牝馬限定のオークスで順番に出てこないのは好きじゃない。ちゃんと他の馬と同じ条件で競馬すべきだと思う。あれだけ発汗していたのはデアリングタクトだけだったから、調教師も一番後ろから出してマイナスの部分を回避したかったんだと思うんだよね。でも、できることなら同じ条件で戦わせたい。競馬ファンだって、パドックも返し馬も順番に見たいじゃない」

人も、馬も負けることで強くなる。ルールとして認められていても、フェアに戦いたい。

今回のインタビューでは、この2つの言葉が非常に心に響きました。そんな牧雄さんたちが育てるデアリングタクトはまだまだ強くなりそうだと思えてなりません。

秋から始動する無敗の2冠馬は、生まれ故郷の北海道で夏を過ごす方針が立てられており、史上6頭目の牝馬3冠を目指す秋華賞へはトライアルを使って臨むプランも。

「(ここまで)調教師が間を空けた判断が良かったんだと思うよ。ただ、馬は一戦一戦強くなるから。こっちで夜間放牧をやって送り出せば、また丈夫になっているはずだから。今までのようにトライアルを使って中3週で本番へっていうのがダメではない馬になっているはず」

レース後には凱旋門賞など海外へという声が上がりましたが、こちらは来年以降の楽しみとなりそうです。

「3歳で(斤量面の)アドバンテージが大きい凱旋門賞へ行くべきだという考え方には、あまりピンとこない。国内で全部取れたら、4歳で海外へ行きますよ。みなさんもそういう夢を持っている馬であるから行くのが当たり前だと思っている。3歳は輸送だとかリスクが大きい。4歳になれば精神面も体力面も絶対に成長するはずなので、リスクがなくなるように育てたい」

デアリングタクトに関して、何度も口にしてきたのは成長という言葉。2月のエルフィンS時と比べても、さらに馬体が進化したようにも思えます。オークス後、「これ、アーモンドアイに近づけるぞ」と手ごたえを得た牧雄さんの期待は自然と膨らみます。

桜候補に名乗りを上げたエルフィンS

 

「つくべき所について、絞れるべき所が絞れてきたよね。メリハリがついた。馬をやっている以上はいろんな夢がある。3歳より4歳、4歳より5歳、5歳より6歳っていう馬に育てようと思っている。3歳、4歳で引退させようというつもりはないので、チャンスがあれば海外で勝たせてあげたい。この馬で夢を追う競馬ファンや中小牧場がいるだろうから、息長く使ってあげたい」

さらなる成長を遂げてターフに戻ってくる日が待ち遠しいです。

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