重賞制覇レポート『ザダル』新冠橋本牧場編(エプソムカップ)
2021/07/09
カテゴリ:馬のはなし / 色々なはなし / Pacallaオリジナル
秋を見据えた馬たちが集ったエプソムC。曇天の下、馬群の外めからいち早く抜け出したのは3番人気のザダルでした。追い上げるサトノフラッグをクビ差しのいで混戦に断。新冠橋本牧場に13年ぶりの重賞タイトルをもたらしました。グレードレースはメイショウトウコンの08年ブリーダーズゴールドC以来、JRA重賞も同じくメイショウトウコンの07年エルムS以来の勝利です。
「4コーナーを回る時に馬群の中だったので、前が開くかな?と心配でしたが、うまい具合に開いてくれて、残り1ハロンでは勝ったなという雰囲気でした。めちゃくちゃ嬉しかったです。うちの牧場は重賞を勝つのが相当久しぶりなので」と振り返ったのは橋本英之社長。自身の代になってからは初めてのタイトル。穏やかに喜びをかみしめていました。
ザダル当歳10月
「休み明けだけど、いつも以上に乗り込んでいるし、ジョッキーも2週続けて乗って感触をつかんでいるから。周りで言われているほど、休み明けだからって状態は悪くないよ」
美浦トレセンでの調教役を務める松浦助手から連絡をもらい、レース前にも期待は抱いていましたが、東京競馬場から遠く離れた新冠で見守っていたため、すぐに実感はわかなかったといいます。
勝利直後の心境は「特別レースを勝ったくらいの感じ」(英之さん)でしたが、祝福のメッセージやお花が続々と届き始めたことで徐々に実感がわいてきたそうです。
事務室にはお祝いの花があふれんばかりでした
その立役者となったザダルは、16年2月に新冠橋本牧場で誕生。ノーザンファームが預託していた繁殖牝馬シーザシーの3番子として生まれました。新冠橋本牧場での生産となってからは初めての子です。※シーザシーはノーザンレーシングが18年ジェイエス繁殖馬セールに出し、稲葉牧場が購入。現在も稲葉牧場で繋養されています。
「生まれた時に、すごくいい馬だなと思ったことをすごく覚えています。(おなかの中から)出てきた瞬間から骨格、節々がすごくしっかりしていましたね。毎年、30頭くらいお産をしていますが、ザダルの時は今でもすごく覚えています」
英之さんは記憶に残っていた、こんなエピソードを教えてくれました。
「当歳の時に放牧地でもいい動きをしていました。立ち上がって飛び跳ねているのを見て、体幹がすごくしっかりしているなという印象がありました。目立っていましたね」
母のシーザシー(稲葉牧場提供)
母のシーザシー(稲葉牧場提供)
母のシーザシー(稲葉牧場提供)
新冠橋本牧場は1966年に英之さんの祖父にあたる正之さんが新冠の東泊津に法人として設立。映画の「優駿 ORACION」のロケ地にもなった雄大な牧場を、父の正光さん、英之さんと引き継いできました。英之さんは大学卒業後、ノーザンファームに就職。早来やイヤリングで育成に携わっていましたが、13年に父の正光さんが亡くなったため、新冠に戻って後を継ぎました。
育成から生産牧場へ。違う部門での後継ぎの苦労は想像に難くないですが、イヤリング時代の経験が助けになったといいます。
「段階を踏んでの引継ぎではなくて、(牧場を詳しく)知らない状態で引き継いでいるので大変でしたね。長く働いてくれていた場長に聞いて勉強しました。ノーザンファームと同じやり方ではうまくいかないでしょうし、向こうでやってきたことを参考にして取り入れながらやりました。イヤリングの時にセレクトセールをやる厩舎だったので、馬のつくり方はすごく勉強になりましたね」
英之さんが引き継ぐ前はノーザンファームの預託は空胎馬のみでしたが、代が替わってからはザダルのように生産も請け負うことになりました。ノーザンファームで汗を流した7年が新たな縁をつくり、今まで知らなかった喜びを生みました。
「重賞はやっぱり取りたかったですね。勝つまで長かったですけど、本当にあっという間でした」
牧場の代表として自分なりのやり方で、無我夢中で走ってきた8年。手塩にかけた愛馬たちが答えをくれているような気がします。
新冠橋本牧場の看板
映画「優駿」のロケ地にもなった放牧地
英之さんは代替わりをきっかけに、牧場に変化を取り入れました。一番大きな変化をつけたのが放牧地です。
「なるべくしっかり運動をさせながら成長させていきたい」
そんな狙いでかなり縦長に作り変えました。
「直線距離を取ってしっかり走れるようにしました。冬季に夜間放牧をさせて、しっかり体をつくっていくということには力を入れています」
2つの隣り合った縦長の放牧地に親子が約10組ずつ。ひとつの放牧地に約20頭と、あまり見ることのない多頭数での放牧も馬の運動量を増やす助けとなっています。
放牧地には10組程度の親子が放牧されています
放牧地でのひとコマ。親子のふれあいに癒されます
放牧地でのひとコマ
端から端が見えないほど縦長の放牧地を駆け、重賞を勝てる力を蓄えていったザダル。秋には大舞台での期待がかかります。
「毎日王冠の後に北海道に戻って球節をクリーニングしたことで脚元がすっきりし、調教を攻めてできるようになったそうです。これからまた本格化しそうな感じがあるし、楽しみです」
「取ったことがないのでそれが目標」というG1タイトルへ向け、英之さんは東泊津の高い丘から大きなエールを送ります。
縦長の放牧地
縦長の放牧地を反対側から見たところ