橋本樹理の凱旋門賞取材記 Vol.3

2021/10/17

カテゴリ:馬のはなし / 色々なはなし / 人のはなし / Pacallaオリジナル

確固たる逃げ馬がいないメンバーでハナを切ったのは武豊騎手のブルーム。フォワ賞で逃げたディープボンドはやや後方の位置取り。クロノジェネシスは2015年に制したゴールデンホーンのように1頭だけ大きく離れた外を走らせました。スタートから3ハロン過ぎたあたりで英ダービー馬アダイヤーがブルームに並んで先頭へ。クロノジェネシスも外から馬群に寄せてアダイヤーの隣に取り付きました。仏代表のタルナワ、英国のハリケーンレーン、ディープインパクト産駒のスノーフォールは中団。ディープボンドは変わらず後方を進みました。
直線手前からエンジンを吹かしていったのはディープボンドなど中団から後方にいた馬たち。直線に入った瞬間、先行集団も一斉に追い出します。

▲抜け出すタルナワとハリケーンレーンにトルカータータッソが襲いかかる。右はクロノジェネシス

直線で内に6メートル開けたオープンストレッチを目いっぱいに使った追い比べ。先頭で踏ん張るアダイヤーにクロノジェネシスも2番手で食らいつきます。

▲凱旋門賞は直線で激しい追い比べ

直線半ばで内からタルナワ、外からハリケーンレーンに交わされるとクロノジェネシスの脚色は少し鈍って後退。さらにアダイヤーを交わした2頭の叩き合いかと思われた瞬間、大外から黄、赤、黒の独国カラーの勝負服が飛んできました。ゴール寸前で人気馬2頭を抜き去ったのはトルカータータッソ。現地PMUでも日本の馬券発売でもブービー人気のドイツ馬が第100代凱旋門賞馬として歴史に名を刻みました。

▲右手を突き上げたトルカータータッソのピーヒュレク騎手。タルナワのスミヨン騎手は外に目を向ける

▲ゴール前でトルカータータッソが差し切る

2着のタルナワのスミヨン騎手がゴールの瞬間、ハッとして外を見ていたように多くの人が警戒していなかったトルカータータッソ。私の両サイドでレースの写真を撮っていたドイツの男女のカメラマンは雄叫びを上げ、立ち上がれないほど歓喜していました。右手のステッキを高く、高く突き上げたピーヒュレク騎手。「信じられない。これが私の凱旋門賞初騎乗でした。こんな素晴らしい機会をくださった関係者に感謝したい。明日にならないと自分が勝ったことは実感できないと思う。直線に入る時にペースを上げて行きたかったが、この馬は素晴らしい加速力を持っていて、それを見事に見せてくれた」。ドイツ馬の優勝はこれで3頭目。ヴァイス調教師も喜びに震えていました。「言葉がありません。昨年の冬に凱旋門賞に使うことを考えましたが、今年のメンバーを考えると4着か5着に入ればいいと思っていました。この馬場が助けてくれましたね」と言及。独国馬が好むタフなコンディションで能力を余すことなく発揮しました。

パドックに引き上げてきた際、ピーヒュレク騎手は鞍の裏に書かれた「F.MINARIK」の文字を差して報道陣にアピール。今年、落馬事故で騎手生命を絶たれたフィリップ・ミナリク騎手から引き継いだものでした。志半ばに引退した先輩騎手の思いも快挙を後押ししてくれたのかもしれません。

▲トルカータータッソをねぎらうピーヒュレク騎手

▲トロフィーにキスするピーヒュレク騎手

▲関係者と抱き合うピーヒュレク騎手

▲ピーヒュレク騎手に声援を送るドイツのファン

積極策で運んだクロノジェネシスは直線半ばで力尽きて7着。「ペースが速くなりそうだったので馬群の外から時間をかけてポジションを取りに行きました。道中はスムーズでしたし、直線に向いた時もいい感じでしたが、ゴーサインを出した時に加速できませんでした。重馬場といっても日本の重馬場とは違いました。勝てなかったのは残念でしたが、状態は良かったですし、スタッフはよくやってくれました。彼女がスターホースであることに変わりはありません」とマーフィー騎手はレースを振り返りました。斉藤崇調教師も「直線に向いてからもいい手応えでしたが、最後は重い馬場にのめって疲れてしまいました」と同調しました。

▲7着に敗れたクロノジェネシス

武豊騎手のブルームも先行策で臨みましたが、伸びあぐねて11着。「難しいね」。日本の第一人者は開口一番、こうつぶやきました。「ゲートの出は遅かったけどうまくリカバリーできた。いいポジションで進めたけど、直線に入って手応えがなくなった。(パドックでは)エイダンに足を上げてもらい、うれしかった」。一昨年はブルームが直前で回避(最終的に仏国馬ソフトライトに騎乗して6着)、昨年はA・オブライエン厩舎が使用している飼料から禁止薬物が検出され、ジャパンを含む4頭が前日に取消。ブルーム、ジャパンの共有オーナーとなっているキーファーズの松島正昭代表と臨んだ念願の大舞台でしたが、ブルームはタフな馬場に体力を奪われました。
「また来年も来たいですし、そして勝ちたい」
1994年にホワイトマズル(6着)で参戦して以来、栄冠を求めて挑戦し続けている舞台への熱意は増していきます。

▲ブルームで11着だった武豊騎手。右は松島オーナー

フォワ賞を制して勢いに乗ったディープボンドは本来の競馬ができませんでした。「タフすぎるレースになりました。馬が疲れてしまいました」。こう振り返ったバルザローナ騎手は直線手前からポジションを上げて行きましたが、最後は馬を尊重して追うのをやめて14着で入線。大久保調教師は「今週の雨でディープボンドには未知の経験と言えるほどの重い馬場となってしまいました」と無念の表情でした。

凱旋門賞の興奮が冷めやらぬなか、5Rのオペラ賞(3歳以上牝馬限定、芝2000メートル)にはクロノジェネシスに帯同したイカットが出走。「頑張りましたが、非常に時計のかかる馬場が合わなかったです」とマーフィー騎手が話したように伸びきれずに13着でした。

▲オペラ賞に出走したイカット

7Rのフォレ賞(3歳以上、芝1400メートル)にはエントシャイデンが出走しました。大外から先行すると、直線で先頭に上がるかの勢い。大外から矢のように伸びてきたスペースブルースに一気に交わされましたが、3着と踏ん張りました。「状態がすごく良かったので楽しみにしていました。G1ですし、相手も強かったですけど、正攻法の競馬で一瞬押し切るかと思ったところもありました。力を出しきって頑張ってくれたと思います」。前哨戦のパン賞から付きっきりで調教をつけてきた坂井瑠星騎手は晴れやかな表情。凱旋門賞の結果で沈んでいた心も少し軽くなりました。

▲フォレ賞で3着と好走したエントシャイデン(右)

▲フォレ賞で3着と好走したエントシャイデン

凱旋門賞は、昨年は不良馬場、一昨年は重馬場と3年連続で道悪での開催。「馬場が悪いのはいつも通りです」とフランス出身のルメール騎手が話すように、雨季であるこの時期に行われるだけにタフなコンディションになるのは仕方がないことではありますが、今年の日本勢は日本で道悪を得意とする2頭だっただけに完敗と言える結果は胸に突き刺さります。ロンシャンの道悪は日本の道悪とは違う。改めてそう痛感しました。

エルコンドルパサーのような長期遠征、短期遠征、拠点を第3国に置くなどいろいろな選択肢があるなかで、何が“正解”なのかは結果が出るまで分かりません。ましてや天候なんて自分たちの努力でどうにかできることでもありません。だからこそ、女神が振り向いてくれるように挑戦を続けていくより他にありません。並々ならぬ思い入れを持つノーザンファーム、夢を追うノースヒルズ、そして挑み続ける武豊騎手。今回の面々をはじめとした日本勢がさらに経験やデータを蓄積し、きっと最善の策を生み出していくことでしょう。
近づいたと思ったら、遠くに離れていく世界最高峰の舞台。しかし、いつか日の丸が掲げられることを信じて―。そして、あのドイツのカメラマンのようにゴールの瞬間、現地で歓喜の声を上げられたら幸せです。

▲今年はパドックで表彰式が行われた

▲凱旋門賞の表彰式。左から3番目は英国のアン王女

▲笑顔が輝くトルカータータッソ陣営

 

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