北九州へGO!いのちのたび博物館『まるごとウマ展』見どころ徹底取材
2022/04/06
カテゴリ:馬のはなし / Pacallaオリジナル
こんにちは、Pacalla編集部の鑓です。読者の皆さんは、3月19日(土)より、北九州市立いのちのたび博物館で「まるごとウマ展‐ウマと人のキズナ‐」という、何やらウマ好きとしては無視できない特別展が開催されているのをご存じですか? 今回は、その見どころを担当学芸員の大橋智之さんに聞きました!
恐竜で有名な博物館がウマの特別展を開催!その理由は?
―今日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。
さっそくですが、今回「まるごとウマ展‐ウマと人のキズナ‐」(以下、まるごとウマ展)が開催されている、北九州市立いのちのたび博物館はどんな博物館なのでしょうか。
大橋:今日はよろしくお願いします。北九州市立いのちのたび博物館は正式名称を「北九州市立自然史・歴史博物館」といい、恐竜の化石や動物を扱う自然史と北部九州の人々の歴史を扱う総合博物館です。当館調べではありますが「自然史・歴史」の両方が名称に入っている博物館は日本では当館だけです。また、日本で有数の恐竜の博物館ともいわれています。実は私も、専門は恐竜なんです。
―恐竜が目玉の博物館で、ウマの特別展というのはなんだか不思議な感じがしますが、どうして数いる動物の中から、「ウマ」が選ばれたのでしょうか?
大橋:私は福島県福島市の生まれで、競馬好きの父に連れられて、小さい頃から福島競馬場で競馬に親しんできました。そのうちに「ウマ」という生き物そのものに興味が移っていきましたが、生まれが福島市で、学生時代は東京で過ごし、北九州で就職して12年。ずっと競馬場のある土地で暮らしています(笑)。
―なんと…! 大橋さんご自身がウマ好きだったのですね。
大橋:とは言っても、私がウマ好きだから…で特別展ができるわけではないので(笑)。もちろん、きちんと理由があります。今でこそ犬や猫ほど身近ではないですが、明治以前~昭和の初期くらいまで、ウマというのは人の生活に欠かせないものでした。農業にも移動にも使われていましたし、ウマと人の関係って昔はすごく密接なものだったんですね。つまり、ウマは動物として自然史分野からも紹介でき、ウマと人とのつながり、文化的なものなどを含めた歴史分野からも紹介できる動物なんです。
―なるほど!「自然史・歴史博物館」である、いのちのたび博物館にぴったりな動物だったんですね。
大橋:はい。例えば、私は恐竜が専門ですが、当館には哺乳類を専門とする学芸員がいたり、歴史の学芸員がいたりします。ですから、さまざまな専門分野の職員が一丸となれば、総合的…まさに「まるごとウマを楽しめる」特別展をお見せすることができるのではないかと思い、このような展示を行うことになりました。
バラバラの骨格標本から見えてくる、人とウマの奇跡的な出会い
▲あえて組み上げていないシマウマの骨格標本。大橋さんが趣味のプラモデルからインスピレーションを受けて企画された
―自然史分野、歴史分野2つのアプローチをしている今回の展示ですが、具体的にどのようなものが見られるのでしょうか。
大橋:自然史分野らしい展示というところでは「ウマの特徴」をしっかり伝えたいと思っています。頭骨の口先にある歯隙(しげき)や真っ直ぐに関節した背骨、手足の骨など、ウマが持つ骨格の特徴をわかりやすく解説し、乗馬など人がウマを扱う際にこれらの特徴がうまく活用されていることを紹介しています。ハミや鞍など馬具の形にウマのからだの特徴が奇跡的に合っていることがわかる展示になっています。
―面白そうです! 確かに、ウマのように人を背中に乗せて、安定した動きができる動物ってなかなかいませんよね。
大橋:ですよね。おそらく草を食べる哺乳類じゃないと難しかったんじゃないでしょうか。犬や猫のような動物は、走るときにきゅっと背骨を曲げてポーン!と前に飛び出すような走り方をしますよね。
―あー!尺取り虫みたいな感じですね。
大橋:そうです。それが哺乳類の肋骨と背骨の特徴的にはしやすい動きなんです。でも、人が乗ったときにそんな動きをされたら大変ですよね(笑)。草食動物は、消化の悪い草が主食なので、消化系の胃腸が大きくなります。さらに、大きなおなかを4本足で支えるためには、内臓を肋骨や筋肉で囲ったりしなきゃいけないんです。そういった筋肉などをつけるためには、背骨がしっかりしていなければなりません。
―なるほど、そういった、まっすぐな背骨などがわかりやすく展示されているんですね。
大橋:はい。博物館の展示というと全身の骨格標本であるとか、あるいは剥製が立っているところをイメージされるかもしれませんが、今回の特別展ではあえて組み立てていない、シマウマの「バラバラの骨格標本」を展示しています。すべて組み上がっている骨格標本だと足元などに目がいきませんが、バラバラの状態で展示することで細部もしっかりご覧いただけます。きっとこの展示を見ることで、いかに人とウマの出会いが奇跡的だったかがわかっていただけると思います。
―なるほど。確かに全身の骨格標本だと、ついつい頭骨などインパクトが大きいところばかり見てしまうかもしれないですね。なかなか目がいかない細かな部分にも、これなら注目できそうです!
パリからやってきた「エミール・エルメスコレクション」など見どころ多数
▲ 「まるごとウマ展」のエミール・エルメスコレクションの展示:la Collection Emile Hermès(Paris), le Conservatoire des créations Hermès(Paris)
―次は人とウマの歴史や文化にまつわる展示の見どころについて教えていただけますか。
大橋:まずはエミール・エルメスコレクションです。馬具メーカーから始まり、現在も非常に馬事文化を大切にしているエルメスの貴重な作品や資料を展示しています。エルメスの三代目当主・エミール=モーリス・エルメス(Émile-Maurice Hermès, 1871年 – 1951年)は、世界各国の鐙や鞍など馬具類を多く収集していました。現在それがエミール・エルメスコレクションという形で、パリで大切に保管されています。その中から、今回は「女性用の鞍と鐙」をテーマに、作品や資料をお借りしました。
―女性用の鞍というとサイドサドル(横乗り用の鞍)でしょうか?
大橋:そうです。エルメスの担当者の方の言葉を借りると、女性が横鞍に乗って、ウマを扱うというのは、当時の社会ではなかなか斬新なことだったそうで。今でいうとスポーツカーを乗りこなすようなイメージだったようです。本展示では、こういった横鞍とその鐙を実際にはどのように使っていたのかということがわかる女性の肖像画や写真もご覧いただけます。横鞍に乗った女性が、ウマと一緒に縄跳びをしているサーカスのような写真もありますよ。
―スポーツカーにサーカス! てっきり、お嬢様というか、おしとやかな女性が乗っていたのかと思っていました。こちらのコレクションが日本で見られるのは、かなり久しぶりとのことなので、この機会にぜひ見ておきたいです。また、今回は芸術作品も展示されているとお聞きしました。どのような作品が見られるのでしょうか?
大橋:はい。今回は、JRAにもサラブレッドの肖像画を納めるなど、国内外で活躍されている画家の長瀬智之氏の作品を4点お借りしています。以前、長瀬さんの作品を見たときに感動して、ぜひ展示させていただきたいと思っていました。偶然にも、競馬雑誌「優駿」の先月号から、長瀬さんの作品の連載がスタートしていて、その第1回に取り上げられている作品「創世」もまるごとウマ展でご覧いただけます。
―連載中ならまだしも、開始のタイミングというのはすごいですね! まるで、示し合わせたような…!
大橋:優駿のみならず、現在、東京競馬場の競馬博物館で長瀬さんの作品展が開催されている最中、このような作品をお借りできたのは本当に光栄なことだと思っています。
▲左(原画)「創世」、右(原画)「Sadler’s Wells」ともに長瀬智之
まるごとウマ展の超目玉! 武豊騎手が監修したテーマ展「人馬一体」
▲JRAのブランドCM「最後の10完歩」をベースに作られた人馬一体の骨格標本(レプリカ)
―次は、まるごとウマ展の目玉ともいえるテーマ展示「人馬一体」について教えてください。おそらくPacalla読者が、今回の特別展でいちばん気になっているところかなと思うのですが(笑)。
大橋:これについては、お伝えしたいことが山ほどあるんですけれども(笑)。まるごとウマ展をやることが決まったときに、何か目玉となる展示を用意したいと思いました。ウマは身近な動物であるがゆえに「目玉」を作るのは意外と難しいんですよね。「大きいといっても恐竜ほど大きいわけじゃないし…何かないかなぁ」と、案を練っているときに「最後の10完歩」というJRAのブランドCMを思い出したんです。
―小田和正さんの曲とともに、武豊騎手が乗ったウマが駈けていく有名なCMですね。
大橋:はい。あの美しいCMは、ジョッキーが最後の10完歩で、いわゆる「ウマを追っている」シーンを撮っているわけです。このときウマのからだはどんなふうに動いているんだろう、同時に乗っている人は、骨的な意味でどういう姿勢になっているんだろう…というのを示すのは、とても博物館的じゃないかなと思いました。調べたところ、国内外の博物館でウマの骨格標本の上に人の骨格標本が乗っている展示というのはいくつかあったのですが、人間の騎乗姿勢まできちんと考慮されたものはありませんでした。そこで今回は、専門家の監修をうけた世界初の展示を作ろうと考えました。ウマの動きについては哺乳類の歩行や走行などの移動様式を研究されている山口大学獣医学部の和田直己先生に監修いただき、ジョッキーの姿勢については、これはもう「武豊騎手しかいない!」と。
―これは…だいぶ熱い展開になってきました…!
大橋:事務所を通してご相談したところ、ご快諾いただけまして。実際に作成途中の骨格標本の写真を見てもらい、武豊騎手に身振り手振りをまじえながらジョッキーの騎乗姿勢について解説していただき、骨格標本の制作業者の方と細かく共有しながら作り上げていきました。写真には写っていないのですが、骨格標本展示の後ろ側に大きなモニターがあって、JRAさんのご協力で最後の10完歩のCMを流しています。
―「最後の10完歩」のCMは現在、公式のWEB動画にないので、これもまた貴重ですし、素晴らしい演出ですね!
大橋:和田先生と武豊騎手にしっかり監修していただいて、私たちとしては本当に満足するものができたと思っています。ぜひ多くの方に見ていただきたいです。
ゼンノロブロイ号をはじめとする「わが町の競馬の歴史」
―最後に、いのちのたび博物館が北九州の人の歴史も展示している博物館ということで、北九州とウマの関わりについての展示について教えてください。
大橋:市内にある到津(いとうづ)の森公園という動物園で飼育されていたシマウマの骨格(※)を展示している他、長年市内の農事センターで飼育され、市民に親しまれていた木曽馬(日本在来馬)の幸春号の骨格標本と剥製を展示するなどしています。
―競馬ファンにとっては北九州といえば「小倉競馬場!」というイメージがありますが、北九州と競馬についての展示もあるのでしょうか?
大橋:小倉競馬場は昨年開設90周年だったので、90周年記念イベントの際に使用された記念冊子やパネルなどをお借りして、もともと当館にあった小倉競馬場にまつわる資料と一緒に「わが町の競馬場の歴史」という形で展示しています。
また、競馬ファンの皆さん必見なのは、北九州にゆかりのある馬主さんの所有馬「ゼンノロブロイ号」に関する資料です。いわゆる秋古馬3冠を同一年に制覇したゼンノロブロイ号の「天皇賞秋」「ジャパンカップ」「有馬記念」の優勝記念の杯と、馬にかけるレイ、年度代表馬になったときの記念パネルなども展示しています。
―秋古馬三冠を同一年に制覇したのはテイエムオペラオーとゼンノロブロイの2頭だけということで、とても貴重な資料ですね! 競馬のお話も聞かせていただき、競馬ファンの期待値がさらに高まったところで、Pacalla読者の皆さんにぜひメッセージをお願いします。
大橋:「まるごとウマ展」は自然史や歴史が好きな方はもちろん、競馬や馬術をはじめとする馬事文化、エルメスや絵画作品などが好きな方にも楽しんでいただける特別展になっていると思います。特に競馬ファンの方に楽しんでいただける武豊騎手監修のテーマ展示「人馬一体」などもありますので、ぜひご覧いただきたいなと思います。「まるごとウマ展」を見ていただくことで、もしかしたら競馬場でレースを見るときに今までと少し見方が変わるかもしれないですし、パドックでウマを見たときに「あの軽やかなステップは、きっとここの骨や筋肉を動かしているんじゃないかな」とか、そういった見方をしてもらえるようになったらとてもうれしいですね。ただ、これがわかるようになっても、馬券は難しいのですが(笑)
―馬券…確かになかなか難しいですが(笑)、追及していくと、今後ひとつの予想ファクターになるかもしれないですね!
(※)前述のあえて組み上げないバラバラの骨格標本として展示
皆さん、いかがでしたか? わたしは大橋さんのお話を聞いて、さっそく北九州に行きたくなってしまいました! 北九州市立いのちのたび博物館「まるごとウマ展‐ウマと人のキズナ‐」はGW最終日の5月8日(日)まで開催中です。ぜひ足を運んでみてください。
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