“日本唯一の馬具メーカーとして” ソメスサドルの馬具づくり

2018/12/04

カテゴリ:色々なはなし / 人のはなし / Pacallaオリジナル

「ソメスの革の調教鞍は手入れが必要だけど、革が馴染んでくるとすごく乗りやすい」

さかのぼること数か月前。
私たちPacalla編集部は、鞍の種類についての記事を書くためにお話を伺った、育成牧場の方からそんな話を聞きました。

ソメスサドルといえば、唯一の国内馬具メーカー。
現在はその技術を活かし、機能美に優れ、耐久性の高いバッグなどの革製品を多く生産しています。

今回はソメスサドルの原点でもある『馬具づくり』についてお話を伺うべく、北海道の砂川ソメスサドルファクトリーに足を運びました。

 

 

地方再生の一環としてはじまった『馬具づくり』

染谷昇社長。とってもフランクにお話をしてくださいました染谷昇社長。とってもフランクにお話をしてくださいました

1964年に創業したソメスサドル。
その創業の歴史には意外な背景がありました。

現在もソメスサドルの本社が置かれる北海道歌志内市は、かつては炭鉱で栄え、人口5万人に迫る街でした。
しかし時代は変わり、1960年代になると、炭鉱は次々に閉山へと追い込まれます。
そこで、地方再生を図るために創業したのが、ソメスサドルだったのです。
その歴史について、染谷昇社長自ら語っていただくことができました。

「古い話ですが、その頃(1960年代前半)の北海道には、馬具職人が点在していたんです。
馬具職人といっても、競走馬や乗馬ではなく、荷物を運んだりする使役馬のための馬具を作っていた人たちです。
当時は馬具屋さんもまだたくさんありました。

そういった職人たちに歌志内市に集まってもらい、さらに地元の炭鉱離職者を集めてはじめたのがソメスサドルの前身となるオリエントレザーという会社です。
実は、かなりパブリックな理由、壮大な計画のもとで、ソメスサドルは始まったんです。

当時は1ドル=360円の固定レート。
馬具はほぼ100%アメリカへの輸出用に生産していました。
それが1973年のオイルショックをきっかけに、変動相場制となり、円の価値が上がることに。
輸出業者にとってはマイナスですから、競争力を失います。
それを機に生き残りをかけ、そして技術の継承をするために、馬具の国内販売へと舵を切りました」(染谷社長)

馬具づくりの技術、ノウハウを活かした革製品の生産がはじまったのもこの頃だそう。
当時は、現在のバッグやお財布のようなレベルのものではなく、ペンチケース、電工バンドなどの工業用品をはじめ、警察官が持つピストルホルスターなどを作っていたといいます。

「この頃は、自分たちが食べていくために製品を作っていた時代です。
そこから国内での再構築とあわせて、馬具以外の生産を始めたという流れなんですよ。

1980年代前半からは、本格的なバッグなどの革製品を生産していこうということで、現在も生産している、鞍をモチーフにしたバッグの原型となるようなものを作り始め、1985年には現在の『ソメスサドル』という名前に社名を変更しました。

ソメスはフランス語で『頂点』、サドルは『鞍』を意味します。
バッグなどの生産に乗り出しても、私たちはあくまでも道具屋、馬具メーカーです。
そのことに誇りを持っていますし、とりわけ鞍はわが社の象徴。
そこから、ソメスサドルを社名として掲げています」(染谷社長)

実は編集部のYも愛用している鞍型のバッグ。とても長い歴史があることを知って感動実は編集部のYも愛用している鞍型のバッグ。とても長い歴史があることを知って感動

 

 

日本唯一の馬具メーカーとして。現在のソメスサドル

2018年現在、修理を前提とした馬具店等は存在しますが、イチから馬具を生産する馬具メーカーとして、国内に存在する企業はソメスサドル一社のみ。
競馬と乗馬の両方、馬全般にわたっての馬具づくりを54年に渡って行っています。
その中でも、競馬においての鞍の評価は非常に高く、70%近いシェアを占めており、武豊ジョッキー、ミルコ・デムーロジョッキーなど、多くのトップジョッキーに愛されています。

競馬も乗馬もヨーロッパが発祥の地。
ですが、その歴史や世界が異なるため、実はその両方の馬具を作っているメーカーというのはほぼ存在しません。

しかし、ソメスサドルは国内唯一の馬具メーカーとして、競馬や乗馬はもちろん、牧場で使われる馬具、馬車に使われる馬車具など、国内のあらゆる馬事関係者を支えるために、さまざまな馬具を作り続けているのです。

武豊ジョッキーのレース鞍。Y・T‼武豊ジョッキーのレース鞍。Y・T‼

馬車具は長い間、宮内庁の御用達となっている馬車具は長い間、宮内庁の御用達となっている

 

 

ソメスサドルの『モノづくり』と『技術者育成』

高品質の馬具を、一つひとつハンドメイドで作り上げるソメスサドル。
その魅力は消費者だけではなく、職人を目指す若い世代にも伝わっているようです。

とくに新卒採用枠を設けているわけではないのにも関わらず、毎年多くの志願者が門をたたきます。
来年度も、高校を卒業したばかりの若者が数名入社することが決まっているそうです。
業界の平均年齢が70歳を超えるといわれるなか、ソメスサドル生産部の平均年齢は30歳代と非常に若いそう。
若者を立派な技術者に育て上げ、高品質の製品を生産し続けることに成功しているソメスサドル。
その生産部の作業場は、一体どんなところなのでしょうか。
今回は特別に、作業場の中を生産部の岸本信彦さんに案内していただきました。

生産部の岸本信彦さん生産部の岸本信彦さん

作業場に足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのが、これから製品になる革の数々。
革は国産のものをはじめ、ドイツやフランスなど、さまざまな国から輸入し、用途によって使い分けているそうです。
一枚の革をデスクに広げると、ちょうど一頭の牛のような形をしています。

「ここに重ねて置いてある革は一枚が一頭分の牛革になります。
デスクに広げてあるのが半身の革。
かなり大きく見えますが、ソメスサドルが考える強度の基準に則ると、お腹のあたりの部分は強度が足りず、使用することができません。
品質を追求していくと、案外使用できる範囲は狭いんです。
3分の1~4分の1は使えない部分になります」(岸本さん)

経営面を考えれば、すべての革を余すことなく使いたいところ…しかし、ソメスサドルの品質を守るためには、それは許されないようです。
例えそれが、小さなキーホルダーでも。

さまざまな種類の革が並ぶさまざまな種類の革が並ぶ

広げると一頭の牛の形に見える広げると一頭の牛の形に見える

こちらは馬の頭絡などに使うブライドルレザー。白いのはロウが染み込んでいる証こちらは馬の頭絡などに使うブライドルレザー。白いのはロウが染み込んでいる証

こちらはジュニア用の鞍の裁断。粗く切り抜いて、抜型を使い機械で細部を切り抜くジュニア用の乗馬鞍の裁断。粗く切り抜いて、抜型を使い機械で細部を切り抜く

国内特許を取得している落馬防止用の鞍。ジュニアやシニアの乗馬普及に一役買っている国内特許を取得している落馬防止用の鞍。ジュニアやシニアの乗馬普及に一役買っている

ドイツ製ミシン。海外ではアイスホッケーの防具など厚く硬いものを縫うのに使われるドイツ製ミシン。海外ではアイスホッケーの防具など厚く硬いものを縫うのに使われる

次に見せていただいたのは、今回の取材のきっかけにもなった『調教鞍』、そしてトップジョッキーたちに愛される『レース鞍』の生産現場。
調教鞍は乗り心地を重視して本革で生産され、レース鞍は軽さを重視して合成皮革で生産されています。

どちらの鞍にも共通するのは耐久性。
とくに、腹帯は乗り手の命を預かる部分のため、とても強度の高い革が選ばれているそう。

そして、ソメスサドルの技術が光るのが『糸の始末』です。
糸のほつれは、落馬などの思わぬ事故につながります。
そのためソメスサドルでは技術者の方々が、2回結びを入れるなど、すべての箇所をひとつずつ丁寧に手作業で処理していくのです。

バッグなどの生産現場では、糸を最後にチョキンと切って終わるところも多いそう。
しかし、ソメスサドルでは『馬具づくりの精神』を他の革製品にも受け継いでいるため、すべての製品がこのように、実に丹念に作り上げられていきます。

調教鞍。デザイン性も優れている取材のきっかけとなった調教鞍。デザイン性も優れている

腹帯は騎手の命を守る大事なパーツ。とても丈夫な革が採用されている腹帯は騎手の命を守る大事なパーツ。とても丈夫な革が採用されている

鞍の骨組み。樹脂でできており、こちらは調教鞍もレース鞍も共通鞍の骨組み。樹脂でできており、こちらは調教鞍もレース鞍も共通

もうひとつ。
編集部がレース鞍を見つめていると、岸本さんが面白い話をしてくれました。

「レース鞍の方はサイズのバリエーションもあるんですよ。
競馬のレースには斤量というものがありますから、ジョッキーの皆さんはちょうどいい重さになるように、鞍のサイズも選んでレースに臨んでいるんです。
体重が軽いジョッキーは大きい鞍を、重いジョッキーは小さい鞍を使います」(岸本さん)

斤量の調整のため、ジョッキーが重りを使うことは知っていましたが、鞍自体のサイズも変えているとは驚きました。
ソメスサドルではこのような、ジョッキーたちの細かいオーダーにも応える馬具づくりを行っています。

いちばん小さいレース鞍は500g以下、大きい鞍は2kgと大きな差が いちばん小さいレース鞍は500g以下、大きい鞍は2kgと大きな差が

シート部分の骨組みを比べると、かなり大きさが違うことがわかるシート部分の骨組みを比べると、かなり大きさが違うことがわかる

また作業場内を見渡すと、机の配置などから数人のチームを組んで、技術者の皆さんが作業をしているのがよくわかります。

ソメスサドルの生産部では、いわゆる『流れ作業』を行うことはありません。
ひとり一人が担当している製品のすべての工程に関わり、最後まで作り上げるために自ら手をかけることによって、技術力を磨いているのだそうです。

「ソメスサドルでは3~4人のチーム体制を組んで、ひとつの製品を担当します。
その製品を作り上げたら、またそのチームで、今度はまったく別の製品の生産に着手するんです。
すべての工程を全員が知り、また別の製品を生産することによって、新たなアイデアが生まれ、さらに丈夫な製品づくりへと作り方もどんどん進化していきます。
商売のことだけを考えたら、効率化したほうがいいのでしょうが、私たちはとことん品質を追求したい。
ですから、作業にかかる時間はどんどん長くなっています(笑)」(岸本さん)

チームごとに机を並べて作業する技術者の皆さんチームごとに机を並べて作業する技術者の皆さん

若い技術者が非常に多い若い技術者が非常に多い

若いうちからすべての工程に関わることで、技術者の経験値はどんどん上がっていく。
そして、技術者ひとり一人が主体性を持って仕事に取り組むことで、さらに生産の現場は進化していく――。
この人材育成こそが、高品質の製品を常に世に送り出すことができるソメスサドルの秘密なのかもしれません。

 

 

いかがでしたか?
染谷社長、岸本さんをはじめとする技術者の皆さんの、馬具づくりに対する想いや姿勢を肌で感じ、日本のモノづくりの真髄を見ることができた気がします。
そして、このソメスサドルのモノづくりにおける精神は、馬具だけではなく現在生産されているバッグや小物などの革製品にも受け継がれ、さらなる社の成長につながっていくのだと思います。

競馬ファンの皆さんが、実際に馬具を手に取る機会というのはなかなかないかもしれません。
ですが、ソメスサドルで作られるバッグや小物には身近に『馬』や『馬具』を感じることのできる製品がたくさんあります。

今回は砂川のショールームにお伺いしましたが、ショールームは東京(青山・銀座)にもありますので、お近くの方はぜひ訪れてソメスサドルの心を感じてみてはいかがでしょうか。

ソメスサドル砂川ショールームソメスサドル砂川ショールーム


<取材協力>
ソメスサドル
http://www.somes.co.jp/

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