重賞制覇レポート『ノースブリッジ』村田牧場 編(エプソムC)

2022/07/16

カテゴリ:馬のはなし / 色々なはなし / 人のはなし / Pacallaオリジナル

関わる全ての人の想いが届いた1勝でした。
エプソムCで待望の重賞制覇を飾ったノースブリッジは、2020年12月の葉牡丹賞を勝った後から1年半以上もずっと在厩で調整を続ける、最近では非常に珍しい存在です。

 

 

「気性が勝った部分が多いみたいで、万が一環境が変わって気性がどうなるのかというのは多少不安に思っている部分があったようです。奥村(武)先生も『あの馬にとって厩舎の中の馬房が我が家になっている』と。オーナーの理解を得ながら、厩舎の方もこの馬の能力を評価してくださっているのか、ずっと在厩の形でやってくださって、いろんな方にとって重賞を取ってくれてよかったと思っています」

村田牧場の村田康彰専務は穏やかな笑顔で胸をなで下ろしました。

 

モズベッロが2020年の日経新春杯を制した際のインタビューで、モズベッロの世代から放牧地の拡張、さらにディープボンドなどがいるその1世代下からは冬期の昼夜放牧、カイバの内容の改良など様々な改善を行ってきたことを康彰専務が教えてくれました。ノースブリッジはさらにその1世代下で、2019年のセレクションセールではモーリス産駒のトップタイとなる3200万円(税抜)。テーオールノワール(父パイロ、母オーシャンフリート)は3600万円(同)と本セールのトッププライスで取引され、改善してきたことが形になって表れました。

「(生産馬の)見栄えが良くなったと思います。骨量も豊かになりましたし。ディープボンドは落札額が1650万円(同)だったので、だんだんと馬づくりが牧場の中でもいい方に向かっていって、本格的に評価されたのがその世代が初めてだったかもしれませんね」

父がドゥラメンテとなるノースブリッジの半弟、タッチウッドは昨年のセレクションセールでノーザンファームによって4200万円(同)の高値で落札。兄を上回る高価格となりました。

「骨格、馬格がしっかりしていますね。ダイナカールの牝系はそういう感じを出しますよね。すごくどっしりしているけど、放牧地ではボス格。気の強さはあるけど、どっしりしている感じが同じ牝系のディープボンドみたいな感じがします。これは配合的に合ったなと思いました」

こちらは栗東の武幸四郎厩舎所属。康彰専務も大きな期待を寄せています。

 

父キズナの1歳(牝)は、アメージングサン、ノースブリッジの兄2頭と同じく奥村厩舎。

「(ローレルクラブで)1歳のうちに満口にしていただいて楽しみな馬です。今度は重賞勝ち馬の妹としてクラブ所属になるので、会員さんにも楽しみにしてもらえたらうれしいですよね」と康彰専務。

きょうだい初の牝馬で、どんな馬に成長していくのか想像が広がります。

 

▲アメージングムーンの21

▲アメージングムーン21

 

村田牧場は2020年から3年連続で中央の重賞を勝利。7歳のソリストサンダー(21年武蔵野S)、6歳のモズベッロ(20年日経新春杯)、5歳のディープボンド(20年京都新聞杯、21、22年阪神大賞典)と4世代がJRAのタイトルを獲得しました。

「変化が欲しいなと思ってやったのがモズベッロの世代くらいからで、少しずつ形になってきているなと思います。3歳世代はまだ重賞勝ち馬がいないんですけど、ロジハービンが京成杯で2着に来てくれて、それぞれの代でオープン級の馬が出てくれているので、今のところいい方に向かっているのかなと思いますね。この業界は立ち止まっちゃったらすぐに追いつかれちゃうので、何かしらの改善はあると思っています」

活躍が続く村田牧場ですが、勝ってなお歩みを止めない姿に躍進の理由がある気がします。

 

ノースブリッジは牧場時代、「やんちゃ坊主でした」と康彰専務は振り返ります。

「冬の昼夜放牧をもしやっていなかったら、冬の間に力を持て余すだろうなというくらい元気いっぱいな子でしたね。冬期の昼夜放牧でストレスを発散できるわけで、冬であろうと何であろうと外にいるのがうれしいタイプでした。叔父にあたるローレルゲレイロも小さかったですけど、こっちにいた時はやんちゃ坊主でした。小さいけどガキ大将みたいな。そういうところがちょっと似ているなと思いましたよ」

人間でもクラスに一人はいそうなタイプ。放牧地で楽しそうに走り回っている姿が頭に浮かびます。

しかし、その大好きな放牧をお休みしなければならない出来事が起こります。1歳の3月。両方の飛節にOCD(離断性骨軟骨症)が見つかりました。手術を受け、6週間ほど放牧地に入ることができませんでした。最初の2、3週間は馬房の中。そして残りは小さなパドックでの放牧でした。

「初めのうちは放牧されている仲間の姿が見えてパドックで尻っぱねしたりしていましたが、だんだん納得してくるとそこで一気に大人びてきました。飛節OCDがあったけれど、これだったら自分でセリ馴致をしてセレクションセールに持っていってもお客さんに評価してもらえるなと思ったんですよね。モーリス産駒の最高価格タイというのはすごくうれしかったですよ」

康彰専務はその6週間の間に精神的な成長を遂げたと振り返ります。

今はさらにメンタルが成長。2歳秋のデビューから3歳夏のラジオNIKKEI賞までは4戦連続で逃げる競馬を選択してきましたが、徐々に控える競馬を覚えてきました。エプソムCでは3番手からの抜け出し。2ハロン目から7度続けて11秒台のラップが続く持久力を問われる流れで、後続の追い上げをクビ差しのぎました。

「ちょっと行きたがるそぶりを見せながらも我慢が利いたので、そういうところが気性的な成長だと思います。我慢が利いて、余力があったのか直線でもずっと伸びて先頭を駆け抜けてくれたので、岩田(康)騎手にも、厩舎サイドにも本当に感謝ですよね。こういうふうに結果が出ると在厩調整のメリットもあるのかな」

ノースブリッジの1つ上の兄(父ロードカナロア)、アメージングサンもまた奥村厩舎所属。母アメージングムーンが持っていた札幌・芝1200メートルの2歳レコードを破った快速馬ですが、現在は騙馬になっているように気性の難しい面があったと推測できます。

「アメージングサンの経験を経てのノースブリッジへの接し方だと思うんですよね。もし、アメージングサンが奥村厩舎にいなかったら初めて接するパターンで、おそらく放牧に出していたと思いますし、放牧に出したからダメというわけではないですが、もしかしたら今とは違う未来が待っていたかもしれない。そういうことを含めて、ノースブリッジはいろんな人の縁に恵まれているのかなと思います」

1年半以上の在厩調整を理解してくださるオーナーやその馬に合わせた調整方法にこだわる厩舎サイド、そしてこの馬に騎乗するために関東圏や福島にも足を運ぶ岩田康騎手。他にもたくさんの支えがあって、たどり着いた念願のタイトルでした。

 

▲母アメージングムーン

▲アメージングムーンの22

▲アメージングムーンの22

▲アメージングムーンと22

 

 

そして、もうひとつ大きな想いを背負っています。

ノースブリッジはPacallaの「もくしでつなぐプロジェクト」の1期生なんです。競馬好きの男性の小さな娘さんが想いを込めて「元気に成長してね♡ がんばれ!!」と書いてくれたそうです。それに応えるかのように、ノースブリッジはすくすくと成長し、周囲から愛される馬に育ちました。

 

▲ファンお手製のもくしをつけたノースブリッジ(村田牧場提供)

 

「早い段階で生まれた良血馬の1頭で牡馬だったので、現役生活を長くできるかなというイメージを持っていました。そういう馬にもくしをつけてあげたいなと思ったんです」

村田牧場は生産牧場とあって普段はなかなかファンと触れ合う機会がありません。康彰専務は「こういう形で何か貢献できたら」と賛同しました。

この世代はもくしを2つ預かり、そのうちの1つがノースブリッジに渡りました。

「毎年、緊張感を持ちながら(どの馬につけるか)選んでいます。いつもいい結果が待っているとは限らないけど、それくらいの努力はしたいなと。人の想いが乗っかっているから大事にしたいですよね。1期生から(重賞勝ち馬が)出てくれましたから、すごく良かったです。これでたくさんの人がもくしを作ってくれて、いろんな牧場さんが共有できて…。そういう盛り上がり方もあっていいと思います」

このもくしがノースブリッジにつけられたのは4年前ですが、メッセージは今もきれいに保管されていて想いの重さが伝わってきます。

 

▲ノースブリッジのもくしにつけられたメッセージ

 

 

現在、夏休み中のノースブリッジ。在厩しているのは、もちろん美浦の厩舎です。

「レースぶりにまだまだ粗削りの部分があると思うんです。鞍上や厩舎サイドがおっしゃってくださるんですけど、まだ奥があると。もう少し成長の余地があると思うので、どこまで通用するのか見てみたいですね。母親や兄が芝1200メートルでレコード勝ちして、叔父がローレルゲレイロ。スピード能力は卓越したものがあると思っています。我慢が利くようになって、途中でためるレースができるので、1800、2000メートルで持続するスピードを発揮できる、そういう競走馬に育っていってほしいなと思います」

3代母にはモガミヒメ。村田牧場の礎となる牝系から枝葉が広がり、そこからまたひとつ花が咲きました。秋にはさらに大きな花を咲かせるため、ノースブリッジを支える人たちが最善を尽くしています。

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