重賞制覇レポート『ミスニューヨーク』高昭牧場 編
2023/01/23
カテゴリ:馬のはなし / 色々なはなし / 人のはなし / Pacallaオリジナル
一生忘れられない記念日になったに違いありません。
2021年に続くターコイズS連覇を成し遂げたミスニューヨーク。その口取り式には高昭牧場の上山貴永専務の姿がありました。
浦河から遠く離れた本州の競馬場まで出向くことが難しい貴永専務にとっては久しぶりの競馬場臨場でした。
「(本州の競馬場へ行くのは)10何年ぶりくらい? 中山は初めてか2回目くらいで迷いました(笑い)」
そんな貴永専務に寄り添っていたのが、高昭牧場の繁殖スタッフでもある奈都美夫人。昨秋に挙式したばかりの2人はパドックでミスニューヨークが姿を現すと高揚感に包まれました。
「今までテレビで見ていた馬(ミスニューヨーク)が目の前を歩いている!」
競馬場へ行くことがあまり多くない奈都美さんは、ファンの前を闊歩する姿を見て心を躍らせました。
「以前、競馬場へ遊びに行った時には馬を見て“かわいいな”って感じだったんですけど、いざ自分の馬が回っているのを見たら“大丈夫か?”って心配になりました。私はミスニューヨークに全然携わっていないのに子どもがずっとウロウロしているような気分で、すごく心配でした(笑い)」
2020年10月に高昭牧場に就職した奈都美さんは牧場でミスニューヨークに関わることはありませんでしたが、まるでわが子を思うかのように不安が頭をよぎったといいます。
テレビ観戦とは違い、現地での観戦はパドック、本馬場入場、返し馬、レースと、流れを自分の目でずっと追うことができます。
「パドックに出てくるまではけっこうマッタリしていたんですけど、パドックを見たら一気に始まるなあと。心臓がバクバクでした」と貴永専務は明かします。
愛馬を見守りながらレースへ向けて気持ちを高めていけるぶん、より緊張感が大きくなっていきます。
緊張感に包まれる2人とは対照的に、ベテランのミスニューヨークはリラックスした姿でパドックを周回。M・デムーロ騎手が騎乗した途端、スイッチが入ったように見えました。
「最初に出てきた時はダラッとして頭も下がっていたんですよ。でも、デムーロさんが乗ったらシャキーンとしてちゃんと歩いていました。ダラッとしていたのはリラックスして余裕の表情だったのかな。これは大丈夫かも!と私は思ったんです」
奈都美さんはオンオフを知る愛馬を頼もしく思ったといいます。
レースが始まってからも堂々とした競馬ぶりでした。
道中は中団の外に待機。4コーナー手前からエンジンを吹かすと、ゴール前でもうひと伸び。2番手から抜け出していたウインシャーロットをクビ差差し切りました。前年から2キロ増の55キロ。ポツンと最後方追走から大外一気で決めた前年とは違い、中団からゴール寸前で逆転。さらに強さを増したような内容でした。
「どんな競馬をするのかなと思いながら見ていました。途中は2着かなと思ったけど、さいごにもう一回伸びてきましたよね。この条件が合うのかな」
貴永専務はこう振り返りましたが、観戦していたのは馬主席。
ゴールをやや過ぎた位置にあり、馬体が重なったゴールの瞬間は角度的にも確信が得られませんでした。
「本当に勝ったの? 勝ったの?」
奈都美さんは貴永専務に確認。「勝ったっぽいから下に降りよう」と急いで口取りが行われるウイナーズサークルに向かいました。ウイナーズサークル近くの一般エリアで人込みをかき分けていると、係員から呼ばれたそうです。
表彰式では、貴永専務が馬主の台へ、そして奈都美さんは生産者の台へ上がりました。
「2人でそろって上がるなんて、なかなかないこと」と貴永専務は喜びをかみしめます。
表彰台に上がると見えたのは、こちらを向いている多くのファンの姿。
「勝ってパニックで、頑張って口取りの所へ行って。もう訳がわからない(笑い)。何か一瞬のような出来事でした。いつもは観客席から見ている側。信じられない光景でした」
貴永専務は冷静さを失いながらも、初めて見る光景を脳裏に焼き付けました。
一方、奈都美さんは終始、緊張気味だったそうです。
「いやあ、びっくりですよ。人生で表彰台に上がったことがなくて、“あっ、こんな感じなんだな”って。カップをもらう時に“落としたらどうしよう”って、手が震えていましたね」
プロのカメラマンのレンズ、そしてファンのカメラまでもが自分の方へと向き、「どこを見ていいかわからなくて目が泳いでいたと思います(笑い)」
ただ、そのなかで奈都美さんの視線を引き付けた1人のファンがいました。
その人がかぶっていたのがミスニューヨークの勝負服の帽子。
「あっ、すごいファンの人がいる! こんなファンの人がいたんだ」と感激。「ミスニューヨークは後ろからガッといく馬でカッコいいですよね」と目を輝かせました。
少しパニック状態になった貴永専務と緊張しっぱなしだった奈都美さん。
帰りのタクシーでは「ドッと疲れが出て、会話もなくて(笑い)ずっと外を見ていました」と奈都美さんは振り返ります。勝った余韻に包まれるには少し時間が必要だったようです。
高校に貼ってあった馬術大会の記事を見て馬術をやりたいと決心した奈都美さん。出身の愛知県を出て、帯広畜産大学に進学。そして大学時代、アルバイトに来た縁もあって高昭牧場に就職することとなりました。タイミング的にミスニューヨークに携わることはできませんでしたが、21年8月の未勝利戦を最後に引退して牧場に帰ってきた半妹のオーサムメイカーを温かく迎えました。
「来た時にのほほんとして、すごくおとなしかったんです。(亡き母の)マンハッタンミートは人への当たりが強いところがあったんですけど、オーサムメイカーは人懐こくて、こっちに寄ってきてかわいいんですよ」と優しいまなざし。
現在、ゴールドシップとの子を受胎しており、2月14日に出産予定です。
「やっぱり走ってほしいですよね」奈都美さんは静かに期待を寄せます。
ミスニューヨークは今年も現役を続行し、京都牝馬S(2月18日、阪神)に出走予定です。「去年の競馬を見ていたら良馬場でもこなせるようになっている。レースにムラもなくなって、さらに成長した感じがします」と貴永専務はうなずきます。
6歳になっても競走馬として頑張る姉。命をつなぐ繁殖としてステージを変えて歩みだした妹。バレンタインデーの頃、貴永専務と奈都美さんは“姉妹”から届く朗報を心待ちにしています。