重賞制覇レポート『デアリングタクト』秋華賞編

2020/11/13

カテゴリ:馬のはなし / 色々なはなし / 人のはなし / Pacallaオリジナル

「ダメだ、これ」

岡田スタッドグループ代表の岡田牧雄さんは、パドックでのデアリングタクトの姿を見た瞬間に敗戦を覚悟したといいます。京都の丸いパドックを闊歩する18頭の秋華賞出走馬。春の2冠馬はその一番後ろを小走りで周回していました。

「ほかの馬は汗をかいている程度だったけど、下っ腹からずーっと汗が流れていた。あそこまでテンションが上がっちゃって、正直負けると思ったよね」

 

しかし、本馬場に出てきた瞬間には一変。落ち着いて返し馬を行う姿がありました。

「この調教師はどんなマジックをかけたんだろう」

不思議に思った牧雄さんが現地にいたスタッフに聞くと、他の出走馬、そして観客もいなくなってから1頭だけでパドックをもう1周させたそうです。

「オークスの時は返し馬ができずにずっと引っ張っていった。それなのに、今回は馬場に出たら軽い返し馬で、全然引っかかるようなそぶりもないし、すごく気持ちよさそうに返し馬をしていた」と牧雄さんは目を丸くします。

馬も人もいなくなって、本来の冷静さを取り戻したデアリングタクト。「私は、みんなと同じようにやるべきだと思っているので、そういう特別扱いは好きじゃないんだけど、でもそうやって落ち着いてゲートも暴れずに出た」と、“もう1周”の効果はあったようです。牧雄さんの言葉通り、まずまずのスタートを切ると、13番手で脚をためました。

 

レースが動いたのは3コーナー手前。デアリングタクトが徐々にポジションを上げていくと、牝馬3冠ジョッキーの幸騎手を背にしたオーマイダーリンもその後方からスパートをかけ、プレッシャーを与えてきました。3コーナーすぎからあっという間に先団に取り付きましたが、最終コーナーでは逆手前でそのまま直線へ。残り200メートル手前で手前を変えると、末脚の鋭さはさらに増し、ステッキなしで真一文字に伸びました。2着のマジックキャッスルに1馬身1/4差をつけてゴールに飛び込みましたが、着差以上の余裕があったように見えました。

「向正面でいつになく早めに動いたから後ろにいた馬につつかれるように動いた。それで前に行った馬が4コーナーでのみ込まれたよね。動きたくて動いたわけではなく、後ろから来たもんだから仕方なく動いた。競馬の流れとしては思うようなものではなかった。そう考えるとやっぱり強い馬だと思ったね」

 

パドックでは敗戦が頭をよぎった牧雄さんをうならせる勝利。史上初となる無敗の3冠牝馬の誕生。そして、890人の観衆から贈られた温かい拍手が喜びに花を添えてくれました。「テレビで見ていても拍手が聞こえたじゃない? あれが嬉しかった。ずっと無観客で味気なさを感じていたからね。やっぱりお客さんが入っているっていいなって」。デアリングタクトはそれまで牝馬3冠戦線を無観客で戦ってきました。新たに刻まれた歴史に贈られた拍手は小さくとも、馬や関係者には大きく響いたにちがいありません。

3冠制覇を祝う優勝幕

東日本大震災に見舞われた2011年はヴィクトワールピサがドバイWCを勝ち、オルフェーヴルが3冠を達成。そして、コロナ禍の今年は、デアリングタクト、コントレイルと牡牝ともに無敗の3冠馬が誕生し、アーモンドアイは日本の新記録となるG1タイトル8勝の金字塔を打ち立てました。国難の時にこそ、こうして馬たちが元気づけてくれる気がしてなりません。「とんでもない年だよね。無敗の3冠馬が2頭とも日高の馬っていうのも意味があるんだろうな。すごく明るい話題を馬業界が提供できているのは本当に大きな意味がある」と牧雄さんはしみじみと口にします。

 

馬券をたしなむ牧雄さんは続けて、売り上げにも言及しました。秋華賞は前年比40・1%増、そして菊花賞は前年比30・4%増と、多くのファンが馬券を買ってレースを楽しみました。「コロナの影響でしぼむのが当たり前なのに、いかに無敗の3冠馬がすごいことだというのが売り上げを見てすぐに分かる。こんな数字は過去にないんだって。よっぱど盛り上がったんだろうね」

秋華賞の写真を手に笑顔を見せる岡田牧雄さん

盛り上がっているのはファンだけではありません。当然ながら、岡田スタッドを支えるスタッフの士気も上がっています。7月にデアリングタクトが“里帰り”した時には一緒に記念撮影。笑顔の花が満面に咲きました。「これまで1歳はみんなで乗っているわけではなく、2人組で馴致をやって、馴致が終わった馬を残りのスタッフで乗っていた。でも、今年はバラバラに乗っていなくて統一されている。場長がやけに明るいのも、デアリングタクトの効果なんだろうな」。こう話す牧雄さんの表情もいつも以上に明るい気がしました。
7月に北海道で休養したデアリングタクトとともに(ノルマンディーサラブレッドレーシング提供)

7月に北海道へ戻ってきたデアリングタクト(ノルマンディーサラブレッドレーシング提供)

「人を育てるのはこういうことなんだろうな」

馬を育てることが人を育てることにつながる。デアリングタクトが改めて教えてくれたことです。

秋華賞後にはジャパンCに向かうことが決定。先輩の3冠牝馬ジェンティルドンナ、アーモンドアイに続く4冠を目指します。「53キロで出られる3歳牝馬はすごく有利。デニムアンドルビーやカレンブーケドールなど人気がなくても2着にきているから」と牧雄さん。そして、デアリングタクトに続いてコントレイル、アーモンドアイも出走を表明。史上初となる無敗の3冠馬同士の対決、さらに3冠馬3頭によるドリームマッチが実現します!

「コントレイルもアーモンドアイも出てきてほしいというのが本音。勝つためにはいない方がいいというのは一切ないよ」

牧雄さんはいちホースマンとしての思いを明かします。「勝ちたいという気持ちが強くあるのと同時に、コントレイル、アーモンドアイと一緒に競馬を使ってみたい。アーモンドアイには憧れがあるから、一緒に競馬をして勝てるなんてことがあるのかなと思っちゃうよね」。以前から「自分の中に残る馬」とディープインパクト、サイレンススズカとともに名前を挙げてきたアーモンドアイとの対戦を心待ちにしています。

コントレイルもデアリングタクトに続き、日高には無敗の3冠馬が2頭誕生

牧雄さんがジャパンCを意識したのは2冠を制した直後でした。

「秋華賞を勝ったらジャパンCを使うぞ、とオークスを勝った時から言っていた」

牧雄さんにはジャパンCに対する強い思い入れがあるといいます。レックスをはじめとした日高の商社がジャパンCを観戦するツアーを毎年組んでいたこともあって、1981年の第1回から観戦しています。

「ずっと見に行っていて、それが習慣化しているから特別な思いがあるよね。ジャパンCを取りたいというのが頭の中にずっとある。有馬記念、天皇賞よりもジャパンC」

 

その、ずっと夢に見続けてきた舞台にデアリングタクトが駒を進めてきました。

「デアリングタクトは万全だよ。使ったあとの疲労も全然ない。次があの馬にとって過去一番走るんじゃないかな」と、約5か月ぶりだった秋華賞を使った上積みも見込んでいます。「2400メートルで瞬発力勝負になることが多いから斤量差は大きいと思う。3歳で、53キロで出られるというのは最高のステージじゃないかな」

 

生産頭数の少ない日高の牧場で生まれたデアリングタクトが織りなすシンデレラストーリーは新章を迎えます。

夏休み中のデアリングタクト(ノルマンディーサラブレッドレーシング提供)

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