重賞制覇レポート『バビット』大北牧場編(ラジオNIKKEI賞)

2020/07/27

カテゴリ:馬のはなし / 色々なはなし / 人のはなし / Pacallaオリジナル

かつて「残念ダービー」とも呼ばれたラジオNIKKEI賞。しかし、G1・3勝馬フィエールマンが2018年に2着。安田記念を制したストロングリターンは09年に3着、JC馬スクリーンヒーローは07年2着。菊花賞馬ソングオブウインドは06年2着、8歳で天皇賞・秋、マイルCSを連覇したカンパニーは04年に2着と、最近ではのちのG1馬が飛躍の足がかりにするケースが目立ちます。

そんな夏の福島開催開幕を告げる、みちのくの3歳重賞を、今年制したのはバビットでした。金色のたてがみをなびかせ、5馬身差の圧勝。尾花栗毛の見た目と同じド派手なパフォーマンスで重賞初勝利をものにしました。

大北牧場の代表取締役専務を務める齋藤善厚さんは、レースの時間には牧草の刈り取り作業中。グリーンチャンネルwebで中継を見ていましたが、先手を取ったバビットが4コーナーを回ったところで、友人から電話が入ったといいます。

「テレビで見ているのとは少しタイムラグがあるので、『これはたぶん勝ったんだろうな。脚いろもいいし』と思いましたね(笑い)」

単勝20.2倍の8番人気が5馬身差をつけて勝つという衝撃の結末。しかし、斎藤さんはレース前には淡い期待を抱いていました。

「馬場が渋っているし、頭数も少ない。もしかしたら(チャンスが)あるのかな…」

当日は稍重の馬場でしたが、新馬戦では芝の荒れた内側を粘って2着に好走したことがあり、力の要る馬場も気にはなりませんでした。さらに直前には、団野騎手の負傷により内田騎手へ乗り替わるアクシデントもありましたが、「過去の競馬は全て違うジョッキー。団野さんにはかわいそうだけど、乗り替わりは苦にしないのかな」と愛馬への期待感が失われることはありませんでした。

2010年に府中牝馬Sを勝ったテイエムオーロラ以来のJRA重賞制覇。奇しくも当時と同じ逃げ切りでした。「なんというか、よっしゃー!という感じではなく、ああ勝ったんだなという感じ。不思議な感覚でしたね」。

俯瞰力を持つ齋藤さんは冷静に喜びをかみしめました。

母のアートリョウコは、親戚関係にある新ひだか町の大典牧場から父・敏雄さんが譲り受け、2番子のバビット以降が大北牧場の生産。しかし、昨年に父ヴァンセンヌの牡を出産してしばらくした後、8歳の若さながら結腸捻転でこの世を去ってしまいました。

アートリョウコの忘れ形見の1歳牡馬(父ヴァンセンヌ)

バビットはナカヤマフェスタ、現2歳牡のウィンウッドはエスポワールシチー、そして現1歳の牡はヴァンセンヌと、アートリョウコに毎年違う種牡馬を交配してきたのは、父・敏雄さんのアイデアです。

「お母さんは種馬の特長を出すような感じですね。バビットは胴長でつなぎが柔らかくて、芝の長いところがいいと思っていました。ウィンウッドは幅がすごくあって、馬体重もけっこうあるからダートですよね。1歳は父がヴァンセンヌなので短距離でしょうね。胴、背中が短くて、幅はまあまああるので短距離系かな」

1歳の半弟はセプテンバーセール(9月22~24日)に上場予定。直前のセントライト記念(9月21日)で重賞連勝を狙う兄の下として注目を集めそうです。

バビットの半弟となる父ヴァンセンヌの1歳牡馬

バビットも日高のセール出身で、2018年のオータムセールでは150万円で落札という掘り出し物でした。「グランデファームさんのひと声で決まったんですが、よく見出してもらったなと。ずっとひっついて見てくださったんですけど、先見の目がすごいですよね」と斎藤さんは舌を巻きます。さらに翌年、北海道トレーニングセールに上場され、宮田直也オーナーに500万円で落札されました。

セリ前のバビット

その前述のオータムセールではハプニングが起こりました。セリ会場に入り、スクーリングをして馬房へ帰ろうとした時に、帰るのを嫌がって放馬。雨に濡れた芝で滑る場面もあったといいます。「馬運車とか大丈夫だと思ったところはスッと行くんですけど、その時は馬房に入るのを嫌がって本当に苦労した記憶がありますね」。大北牧場時代はそんなに目立った面はなかったそうですが、一番のエピソードとして苦笑いで振り返ってくれました。

大北牧場はバビットの3勝を含め、今年は7月26日現在でJRA6勝。昨年、一昨年の勝ち星に早くも並びました。6勝のうち5勝がバビットと同じ3歳世代ですが、この世代から冬の体のつくり方を変えたといいます。獣医師、コンサルティング会社、飼料会社と相談。草のない冬は痩せがちですが、カイバの量を増やして太らせ、余裕を持たせてつくるようにしたそうです。

「そうすると、春や夏に立ち上がりが遅い馬がいなくなったんです。急激に成長すると、例えばヒザが痛かったり、どこか痛くなったりするんです。骨と腱がアンバランスに育ってしまうと、どちらにも負担がかかりますからね。なるべくなら緩やかに成長曲線を描ける方がいいので」

バビット牧場時代

京都新聞杯など重賞2勝のテンザンセイザに、福島記念2着と重賞でも好走したミスキャスト(以上1998年生まれ)。テイエムオーロラに、アイビスSD2着のエーブダッチマン、そして3勝を挙げたテンシノマズル(以上2006年生まれ)。大北牧場は前記のように1世代で複数の生産馬が活躍する年がありますが、今年も世代筆頭となるバビットに引っ張られて多くの馬が活躍することを期待しています。

未勝利から3連勝でタイトルを手に入れたバビットですが、改めてデビューからの5戦を見返すと一戦ごとの地力強化が著しく感じます。圧勝のラジオNIKKEI賞はもちろんですが、4戦目の早苗賞(1勝クラス、新潟)もまた印象的でした。2着のロータスランドと馬体が何度も接触する激しい追い比べになりましたが、顔を前へ、前へと突き出し、勝負根性をむき出しにしてクビ差封じました。

「競馬の内容がどんどん強くなっている感じがしますよね。特別(早苗賞)を勝った時もぶつかったりなんかしても、負けないぞというようなイメージの走りでした。勝負根性があるな、伸びしろが色々あるんだなと思いますね」

新型コロナウイルスの影響で無観客競馬が続き、残念ながら齋藤さんも競馬場で声援を送ることはできませんでした。「(現地へ)行ける時は行く」と話す齋藤さんもまた競馬場の“良さ”について言及します。

「テレビってそこだけしか映らないじゃないですか。でも、競馬場だと全体を見るから、直線もどれくらい長いのかが見えますよね。『ああ、もうちょっとだ』というのがわかるし、画面に映らないような馬が遠くから来るのもわかる。臨場感っていうんですかね。行けなくなる前はそんなことあまり考えなかったけど、やっぱり競馬場っていいんだなって。行けないぶん、また行きたいなっていうふうに思うようになりました」

競馬場で生産馬たちに再会できる日を待ち望んでいます。

最後に、現地でしか味わえない雰囲気をもうひとつ教えてくれました。

「パドックに人がいっぱいいるのに、シーンとしている感じ。あれも好きです。すごく高ぶります」

大一番が待つ秋へ思いをはせる齋藤さん。秋こそはバビットの走りを競馬場で見守ることができるのを願うばかりです。

 

18年に他界したノースフライトのお墓

 

ノースフライトのお墓は放牧地を見守るように建てられています

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