重賞制覇レポート『ディープボンド』村田牧場 編(京都新聞杯)

2020/05/19

カテゴリ:馬のはなし / Pacallaオリジナル

今回の重賞レポートはピンチヒッターとして、望田 潤が担当させていただきます。

村田牧場の村田康彰さんとは旧知の仲ということで、通常の重賞制覇レポートとは違う、対話形式の取材、記事にさせていただきました。読者の皆様、よろしくお願いいたします。

 

望:まずはディープボンドの京都新聞杯優勝、本当におめでとうございました!

村:「ありがとうございます。まだ1勝クラスの身ながら、G1皐月賞、そして今回のG2京都新聞杯と格上げ挑戦が続いていました。いずれ上のクラスでも力は通用するレベルになると信じていましたが、モズベッロの日経新春杯同様、格上げ挑戦の身ですからね。重賞を勝ってくれたことには嬉しさもありましたが、やはり驚きました。ただ、直前の調教VTRを見る限りは好調に見えたので、今回のメンバー相手でもある程度の競馬はできるのでとは思ってテレビ観戦していました。ウチのスタッフも直前の調教の動きはチェックしていたようで、今回はチャンスと見ていたらしく、馬券でしっかり儲けた者もいます(笑)」

 

―馬主さん(キズナのオーナーでもある前田晋二氏)もキズナ産駒での重賞勝ちは喜びひとしおでしょうね。

「ディープボンド(深い絆)という、父そして2代父ディープインパクトにも連なる素敵な名前を付けてくださったので、この馬に対する期待度が大きいのかなと感じていました。そして、何といっても当場で一番力を入れているモガミヒメの牝系からローレルゲレイロにつづく重賞勝ち馬を出せたことが、この牝系の配合にずっと携わってきた私としては嬉しく思います」

―この牝系は村田牧場の看板となりましたが、そもそもモガミヒメはどういう経緯で牧場に来たんですか?

「モガミヒメはホッカイドウ競馬で新馬勝ちし、南関東の東京3歳優駿牝馬(現在の東京2歳優駿牝馬)で2着した馬です。自分の祖父が生前に、モガミヒメが属するケンタッキーの牝系の繁殖牝馬を導入したがっていたと聞いたことがありますが、売ってもらえなかったそうです。そこにこだわったわけではないのですが、その息子で私の伯父にあたる現在の代表取締役会長がモガミヒメの馬主さんと知り合いだったので、それが縁でモガミヒメを買い取らせていただきました。

引退直後はたまたま近隣の牧場さんに上がってきていたのですが、そこから当場に連れてきたときには冬毛が伸びていて、あまり馬っぷりをよく見せない馬だったと聞いています。そして、当時からなかなか気の強い繁殖牝馬でした。私はその当時、英語留学と馬の勉強を兼ねて海外研修中の身でした。そのモガミヒメが、今となっては当場を代表する牝系を築いてくれているのですからね。やはり人の縁というのはこの業界では大事なのだと思います」

 

―モガミヒメからは最優秀短距離馬ローレルゲレイロ、きさらぎ賞2着リキサンマックス、ファンタジーS3着アメージングムーン、JRA6勝のオープン馬トキノフウジンなど、本当にコンスタントに活躍馬が出ています。

「モガミヒメはカコイーシーズ×マルゼンスキー牝馬という配合で、2代母の父もボールドラッドなど、気の強い血脈が多く入っています。“門外不出の牝系”と思われているかもしれませんが、私たちからすると他の牧場さんに「大人しくて扱いやすいですよ」と気軽に譲れるタイプの気性ではない馬たちも少なくないんです。ただ、そういう気の強さがレースで良い方向に出て、この牝系の繁栄をもたらしているとも言えますね。私が牧場に帰ってきて本格的に牧場の配合に携わるようになったのは、モガミヒメの産駒だと3番仔のラヴァーズレーンからになります」

 

―ディープボンドの父キズナは、村田牧場さんではそれほど頻繁に付けておられるわけではないですが、ゼフィランサスにキズナを配合することになった決め手はなんでしょう?

「この牝系はスピードに秀でた系統だと思っていて、そこに気の強さも加わっているので、ローレルゲレイロのように短めの距離を先行気味にレースする馬が多かったんです。でも、スピード牝系だからといってその長所を伸ばそうと短距離系種牡馬ばかりを配合していると、いつかその短距離さえ持たない馬が生まれてくるリスクが生じます。そうなると牝系の活力が失われる。そこでこの牝系の長所を活かしながら、将来に向けてスタミナも補充できるような種牡馬の選定を意識しています。キズナはまさにその条件を満たす種牡馬でした。配合的には、キズナの父ディープインパクトとゼフィランサスの父キングヘイローに血統的な共通点があります。望田さんならおわかりでしょうが、ようはディープインパクト≒キングヘイローというニアリークロスができるわけです。それぞれG1を勝っている馬ですから、これらの血を活かすことで、彼らの高い競走能力の遺伝を期待したということですね」

【ゼフィランサス】(ドゥラメンテを受胎中)

―キズナは初年度産駒から重賞勝ち馬がバンバン出て成功していますね。母父がストームキャットなのも成功の因ですかね。日高一のストームキャット使いと言われる村田さんが、白羽の矢を立てただけのことはあったわけですね。

「おだてても何も出ませんよ(笑)。たしかにキズナの母の父ストームキャットとゼフィランサスの2代母モガミポイントにも、ストームキャット≒モガミポイントというニアリークロスの関係が成り立ちます。この二つの血脈は、その多くが北米血脈で構成されていて、力強いスピードの遺伝が期待できると思っていました。モガミヒメの牝系にストームキャットの血を持つ種牡馬と配合した場合、このストームキャット≒モガミポイントのニアリークロスができるので、今後もストームキャット持ちの種牡馬との配合は何度か試みることになるでしょうね」

 

―ディープボンドの半兄ダンケシェーン(父ヘニーヒューズ、現役2勝)、アメージングサン(父ロードカナロア、3代母モガミヒメ、現役1勝)もその配合ですね。

「そうですね。血統的にこれだけ相性が良いところに、キズナは現役時に中長距離で実績を上げた馬だったので、スタミナを加える意味においても供用初年度からこの牝系の繁殖牝馬に配合しようと思っていました。ゼフィランサスは繁殖牝馬として立派な馬体をしていますが、少し小柄なんです。それを補完する意味でも、馬格に恵まれたキズナは適した種牡馬でした。ただ当場では同じディープインパクト産駒であるディープブリランテの種牡馬シンジケートに参加していたり(モズベッロはこのシンジケート株を利用して生まれた馬)、以前から優駿スタリオンの役員牧場を引き受けている関係でここの種牡馬の配合が多いという状況があります。キズナがモガミヒメ牝系の繁殖牝馬たちと相性が良い種牡馬であることは私自身わかっていましたし、実際に一度は配合したわけですが、限られた繁殖牝馬数のなかでは供用初年度以降キズナへの配合を控えざるを得ませんでした。キズナを種付したゼフィランサスは翌年に立派な牡馬を産んでくれて、見栄えも良かったことから1歳時にはセレクションセールに合格しました」

 

―私もPacallaの「セクレクションセール特集」でディープボンドは取り上げましたが、セリの当日も馬を見せていただいて、それまで見たキズナ産駒の中では一番良い馬やと思いましたね。

「ありがとうございます。ノースヒルズの前田社長に落札していただきました。少しずつ牧場の力を付けていくなかで、今年になって近隣の牧場さんを買い取り、繁殖牝馬数を含めた規模の拡大をはかっています。その結果として、今年は配合頭数を増やすことができましたし、加えて前田社長やノースヒルズの関係者の皆さんへの感謝の気持ちもあったので、今年は再びキズナを配合することにしました。アメージングムーン(ローレルゲレイロの半妹)に種付して受胎確認しています。ディープボンドが重賞勝ち馬になってくれたことで、今から来年の出産を楽しみにしています。牡牝どちらでも楽しみですが、牝馬だったら将来の繁殖という意味で売却せずに牧場に残す選択肢もあるかもしれません。私個人の意見としては、キズナは母の父としても優秀だと予想しています。種付料は600万円と高額になりましたが、それでも配合する価値のある種牡馬だと思います」

 

―たしかにストームキャットを母の父にもつということは、肌に回っても優秀な可能性大ですね。ディープボンドの産まれたときや育成時の印象はいかがでしたか?

「少し小柄なゼフィランサスの産駒としては、ディープボンドは誕生当初から十分なサイズだったので安堵したのを憶えています。それに加えて牡馬だったので、これなら立派な成長曲線を描くはずだと。ただディープボンドは、幼少時からモガミヒメの牝系らしい気性をしていましたね。ピリッとした面があり、放牧地でも負けん気が強くて、手入れするときなども気に入らないと怒るようなところがありました。

それでもセレクションセールに合格してセリ馴致を始めると、だんだんと気性が大人びてきて牡馬らしくどっしりした面が出てきたのを憶えています。もともと骨格がしっかりした馬体で、父に似て馬格がある一方で、母に似て肉付きの良さもありました。歩様を見ていると、サンデー系らしい柔らかさがあったので芝向きかなと思いましたが、パワフルな馬体でもあったのでダート適性も少なからずあるだろうと当時は見ていましたね。

いま当場には、ディープボンドの半弟でダンケシェーンの全弟にあたる1歳牡馬(父ヘニーヒューズ)がいます。当場の1歳世代のなかでも馬格があって、すでに400kgを超す馬体に成長しています。おかげさまで、昨年の当歳時のうちに売約済にさせていただきました。

また今年生まれたキタサンブラックの当歳牝馬も、父に似て立派な馬体で生まれています。母ゼフィランサスは平均して父似に産むことが多い印象です。この当歳牝馬は重賞勝ち馬の半妹ということになりますし、血統的にもディープボンドと類似点が多いので、将来の繁殖牝馬としても期待できます。おそらく、牧場に残す方向で調整すると思います」

【ゼフィランサスの2019 牡 2月14日生 父ヘニーヒューズ】

【ゼフィランサスの2020 牝 1月30日生 父キタサンブラック】

―村田牧場産の現3歳はJRAに12頭出走し7頭が勝ち馬、現4歳は13頭出走し8頭が勝ち馬。重賞勝ち馬もディープボンドとモズベッロが出ていて、南関東でもブラヴールが羽田盃2着でダービーの有力馬にあげられています。最近平均して活躍が目立つのは何か理由があるのでしょうか?

「2013年までは8年連続で生産馬がJRAで二桁勝利をあげていたのですが、2014年以降は一桁に落ちてしまったんです。当時からすでに大規模牧場さんを中心に一部牧場への勝ち星の集中化が見られるようになっていました。このままでは勝ち星も減っていく一方だと感じ、当場のような中小規模の牧場でもできることがあるはずだと、試行錯誤しながらも改善できることを少しずつ実施していったんです。

配合にはある程度の自信を持っていたので、勝ち星が減ってきた原因はそこではないとあえて思い定めました。問題は他だろうと。なかでも、馬の栄養面や普段の運動量なのではないかと推測し、従業員と一緒に馬産地で開かれる講習会に参加したり、獣医に相談するなどして少しずつ改善を図っていきました。

一気に改善するくらいでないと勝ち星はすぐにV字回復しないかもしれませんが、中小規模の牧場では資金が限られているので、経営に無理がかからないように少しずつ慎重に改善せざるを得ませんでした。以前から飼料の消化吸収を良くしようと生産馬全頭の整歯をしていますが、一方で繁殖牝馬に対しても必要な馬に整歯を実施してきました。それでも勝ち星が減ってきたので、与える飼料そのものの見直しが必要だと結論づけました。

結果、飼い葉の改良をしていくなかで、数年前から生まれてくる産駒の馬体が明らかに良化してきたんです。ただ、やっている飼い葉の内容からすると、もっと立派な馬体に成長してもいいはずだとも感じていました。実際、以前に比べて相当に飼料費はかけています。そこで、馬体への吸収効率を高めるために腸内環境に着目し、獣医に相談するなどしてさらなる飼い葉の改良に取り組みました。

一方で、草地改良にも着目して、土壌や牧草の分析をするなどして、必要に応じて施肥量を調整するなどしました。ただ、土壌の種類や場所によって肥料の効き方にはクセが出ます。もちろん、施肥にも毎年お金はかけますが、馬の成長過程などを見ていると、やはり普段から与える飼い葉と、将来競走馬になるわけですから運動量を増やして基礎体力を高めることがより大事だと感じました。

まず、モズベッロが出た現4歳世代から、運動量を増やすために採草地をつぶしたり放牧地2カ所を1カ所にするなどして放牧地の拡張を実施しました。そして、さらなる強い馬づくりを目指したい思いから、現3歳世代からは冬期の昼夜放牧を実施しています。それ以前から冬期の昼夜放牧は視野に入れていたので、飼い葉に関しても量さえ増やせばそれに対応できるような内容にしていました」

【村田牧場1歳分場の風景1】

【村田牧場1歳分場の風景2】

―なるほど、あらゆる面での改善と工夫の積み重ねが、4歳~3歳世代になって着実に実を結んできたことがわかります。

「その結果、昨年はJRAで生産馬が19勝。今年はまだ4勝(5月10日現在)しかできていませんが、それでもモズベッロとディープボンドがG2勝ちをしてくれています。また、南関東のほうでも現3歳のブラヴール(父セレン、母チャームアスリープ)がSⅡ京浜盃を勝ち、SⅠ羽田盃も2着しています。競馬の内容から次走のSⅠ東京ダービーでも期待できるので、両親を応援してくださった南関東ファンの皆さんのためにも頑張ってほしいと思います。この馬もタフな体質に育てたつもりです。繁殖牝馬の血統改良に関しても、モガミヒメの牝系などは明らかに当場の特色でもあるので、そういう長所を伸ばせるようにこれからも繁殖成績を上げていきたいですね」

 

―最後に、日本ダービーと東京ダービーに、前哨戦を好走した馬を送り出す今の心境はいかがですか?

「芝の中長距離は良血馬がひしめく路線です。そのなかでも重賞勝ち馬として、しかも多くの生産者が憧れるダービーに向かえるのですから、正直ワクワクしています。ただ、タフな体質には育てたつもりではあるものの、レース間隔が詰まっているのも事実です。体調を見ながら、まずは無事に、そして今後も馬主様のために走りつづけてくれればと思います。モガミヒメ牝系の代表産駒の一頭として、これからも活躍してくれると嬉しいですね」

 

今日は村田さんの理詰めの話に聞き入るばかりでした。村田牧場の生産馬には関係者はもちろん、血統好きの競馬ファンからも熱い声援が送られています。両ダービーでの健闘を私も祈っています。お忙しい中ありがとうございました!

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