飛翔 -その馬は空を飛ぶ-

2018/04/13

カテゴリ:馬のはなし / Pacallaオリジナル

 

1994年11月6日。

この日、日本競馬界に史上5頭目の三冠馬が誕生した。
皐月賞、ダービー、菊花賞。一冠ごとに強さを増していった黒鹿毛の駿馬は、今日でも史上最強馬として語られる。
彼の蹄跡をまとめた書籍に、こんな言葉が添えられていた。

僕らの時代の三冠馬

鉄火場からレジャースポットへ変化を遂げた平成の競馬を、完璧に表したこの言葉が私は好きだ。
一応、平成に生きる私もこの”僕ら”に入っている。しかし、彼が三冠を決めた日をリアルタイムでは見ていない。映像、或いは書籍の中の姿しか分からないのだ。
故に、競馬と出会い、この馬を知った時、堪らない羨望感を抱いた。三冠馬誕生をリアルタイムで見る。1994年の競馬場にいたファンが羨ましくて仕方がなかった。
速さ、運、強さ。これら全てを兼ね揃えた優駿との遭遇なんて、そう易々と果たせるものでは無い。死ぬまでに一頭、遭遇出来ればいいな…。そんな気持ちで、画面の中を怪物みたいに走る黒鹿毛のサラブレッドを何度も繰り返し見ていた。

2004年12月19日。
凍てつく寒さでお馴染みの冬の阪神競馬場に私はいた。目深に帽子を被り、ただボンヤリと馬を見ていたこの日、一頭の馬に出会った。
父サンデーサイレンス、母ウインドインハーヘア。姉にレディブロンドがいる鹿毛の牡馬だった。
デビュー戦で古馬の1000万下条件を勝つ。という奇天烈な馬生を歩んだレディブロンドが好きだったので、その弟かぁ。なんて懐かしみながら、やはりボンヤリとその馬を見ていた。

2分後。
ブロンドの弟が見せた走りに鳥肌が立った。言葉を発するのも忘れ、只々ア然とした。
ハッと我を取り戻し、ポケットに入っていたマークカードに殴り書きで弟の名前をメモした。

ディープインパクト。

名は体を表す。とはよく言ったものだ。その名の通り、ディープは競馬界に深い衝撃を刻みながらクラシック戦線へと進んで行く。
2戦目の若駒S。4角を回った段階では、まだ先頭と10馬身くらい差があった。キャリア一戦の普通の馬なら良くて着を拾える戦況だ。
ディープは普通じゃなかった。空間を圧縮し、2着のケイアイヘネシーに5馬身差を付けて勝った。予感が確信に変わる。我が馬日記に赤ペンで、大きくハッキリとこう記した。

三冠馬!

西のバケモノが関東初見参となったのは、皐月賞トライアルの弥生賞。デビュー戦、若駒Sと同じく、大楽勝の皐月行きを決めると思いきや、アドマイヤジャパンにクビ差の辛勝。ただ、手綱を握る武豊のステッキは一度も動かなかった。キャリア2戦のまだヨチヨチな馬が重賞をノーステッキで勝つ。着差以上の強さを見せてくれた。
都のある東で名乗りをあげるということは、全国のトップに立つ意思があるということだ。
弥生賞で高らかにその宣言をしたディープインパクトは、第65回皐月賞の舞台に立った。誰かが言う。

まずは一冠。

この言葉は、三冠馬になりうる可能性がある馬にしか使われない。しかし、競馬に絶対は無い。あくまでも可能性があるというだけで、勝てるかどうかは分からない。ただ、ディープインパクトを見ていた人々は、かつて野平祐二が言っていた言葉を捩って、こう考えていたことだろう。

競馬に絶対は無い。しかしディープインパクトには絶対がある。

11年振りに到来した三冠の緊張感が支配する中、ゲートが開いた。
その瞬間、どよめきが中山に巻き起こる。ディープがバランスを崩した。脳裏に過るは、理由もなく110億円の馬券が紙屑になった2002年の菊。しかしそこは武豊。同じ過ちは繰り返さない。必死にしがみ付きターフに戻った。(よかったなJRA。)
レースはビッグプラネットを先頭に澱みなく流れる。ディープは後方2番手をジックリ進んだ。
風が吹き始めたのは向正面の中間点。橙の帽子が、スーッと外から進出を開始。はち切れんばかりの手応えで、ディープは大外を捲って行った。
4角出口。武のステッキが動いた。肩にポンと一発。初めてステッキによる指令を受けたディープは、一気にエンジンをフルパワーで回し、先頭を射程圏内に捕らえた。
5馬身ほど差があっただろか。と、疑問形になるのは、彼の走りがあまりにも吹っ飛んでいたからだ。
ワープしたとしか思えない脚を繰り出し、あっという間に先頭に立った。瞬発力、キレ味、持続力、全てが17頭の同期生と違っていた。

落馬寸前の発馬をやらかして2馬身半の勝利。それまで誰も見たことがない競馬を披露したディープインパクトと武を見て、狂喜乱舞する前に、若干の恐怖を抱いたことを覚えている。

1984年、日本ダービー。
イガグリ頭の武少年の前には、皇帝の上で高らかに指を2本掲げる岡部幸雄の姿があった。
そのダービーから21年後、ディープの上で武は指を1本、天に向かって掲げた。あの日の岡部幸雄と同じように。

無敗で三冠へ。

史上2頭目の頂きを目指し、ディープインパクトは府中へ飛び立った。

To be continued…

 

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