落ちるために馬に乗る⁈ 知られざるホーススタントの世界!
2019/01/16
カテゴリ:Pacallaオリジナル
こんにちは! Pacalla編集部です。
突然ですが、皆さんが『やっぱり馬ってカッコいいなぁ』と思うのは、どんなときでしょうか。
競馬のレースのとき、馬術競技で演技をしているとき…人それぞれ、さまざまだと思いますが、映画館のスクリーンの中を颯爽と駈け抜ける馬にぐっときたことはありませんか?
今回は映画やテレビに出演する『撮影馬』を扱うプロ集団!HORSE TEAM GOCOOの代表であり、数々の映画やテレビのアクションコーディネートを手がけている辻井啓伺さん。
撮影馬たちが暮らすGOCOO HORSE VILLAGEの場長であり、自らもホーススタントマンとして出演・吹き替えを担当することもあるという、馬たうろすさんのお二人にホーススタントの世界についてお伺いしました。
撮影馬を扱うプロ集団!HORSE TEAM GOCOOとは?
(左)馬たうろすさん(右)辻井啓伺さん
――今日はお忙しいところありがとうございます。さっそくですが、まずはHORSE TEAM GOCOOについて教えてください。
辻井さん:
HORSE TEAM GOCOOはスタントチームGOCOOというスタントマンが所属する芸能プロダクションの中の、馬を使ったアクションシーンを担当するチームです。
主に、映画やテレビに出演する馬の飼養管理、調教、役者さんへの指導、役者さんの吹き替えをするスタントマンの育成・派遣などを行っています。
馬たうろすさん:
撮影馬たちの飼育管理はここ(※1)GOCOO HORSE VILLAGEで行っており、僕は場長として働きながら、実際に馬を使ったアクションシーンではスタントマンとして出演したり、吹き替えを行ったりすることもあります。
(※1)今回の取材はGOCOO HORSE VILLAGEで行いました。
――HORSE TEAM GOCOOはどのように発足したのでしょうか。また馬たうろすさんはどのような経緯でGOCOOへ?
辻井さん:
私は18歳からスタントマンをやっていまして。
スタントマンというのは、皆ある程度のレベルまでは乗馬の練習をするんです。
そこから馬が好きか、そうでないかでどこまでホーススタントを極めていくかというのは自ずと決まってくるのですが、私は馬が好きだったので自分の馬も持っていました。
40代のときにNHK大河ドラマ『風林火山』の出演依頼があり、そこで撮影現場となる福島県の会津に乗馬クラブを作るという計画だったのですが、訳あって頓挫してしまいました。
それがきっかけでHORSE TEAM GOCOOとして独立し、6年ほど前にこの場所にGOCOO HORSE VILLAGEを作りました。
馬たうろすさん:
僕は10代の頃から、時代劇に出演したいと思っていて、一般的な乗馬クラブに通っていたんですが、福島での撮影の話を聞きつけて、19歳の時に辻井さんのもとを訪ねました。
そこからは刺激的な修行の毎日。
辻井さんのおかげで、あっという間に時代劇に出演するという夢が叶ってしまったんです(笑)
一時期、馬の仕事から離れていたこともありましたが、28歳のときにやっぱり馬の世界に戻りたい、年齢的にも最後のチャンスかもしれないと思い、再び辻井さんのもとを訪れたタイミングがGOCOO HORSE VILLAGEができて少し経ったくらいのときでした。
辻井さんはスタントコーディネーターの仕事で忙しく、常にGOCOO HORSE VILLAGEにいられるわけではないので、ちょうど人手が足りておらず、僕が住み込みで働くことになりました。
――HORSE TEAM GOCOOの発足は必然だったのですね。そして、馬たうろすさんが馬の世界に戻りたいと思ったのも奇跡的なタイミングです…!
――HORSE TEAM GOCOOの出演実績としてはどんな作品があるのでしょうか?また印象に残っている現場のエピソードなどもあればお聞きしたいです。
辻井さん:
先ほどお話した『風林火山』の他、『スキヤキウエスタンジャンゴ』『十三人の刺客』『のぼうの城』『信長協奏曲』『精霊の守り人』『散り椿』…など、いろいろな作品がありますが(※2)、スキヤキウエスタンジャンゴのラストシーンは、主人公が新雪の中を馬に乗って走っていくというものでした。
その吹き替えを私が担当したんですが、新雪ってどれくらいの深さかもわからないし、雪の下に何があるかもわからないので、どういう形になるかわかりませんよ、と監督に事前に話をしたところ『じゃあ、もし転んだらそのまま、主人公は死んでしまったことにしよう』って言うんですよ(笑)。
だからラストはその結果によって、変わっていたかもしれないんです。
あれは印象に残っていますね(笑)。
馬たうろすさん:
僕は『精霊の守り人』で、崖から人馬が一斉に駈け抜けてくるシーンですかね。
本当に結構な急坂で…実は、馬って1回目の方が勢いよく駈けていき迫力が出るんです。
2回目以降は、馬も学習しているので足元に気をつけながら走っていきます(笑)。
▼NHK総合『精霊の守り人』
最近では『トドメの接吻』というドラマで、役者さんが流鏑馬をするシーンにGOCOOの馬が出演しています。
それがきっかけで流鏑馬のイベント出演の依頼もいただきました。
流鏑馬出演者の方々も、GOCOO HORSE VILLAGEで練習をされるんですが、GOCOOの馬たちをとても気に入ってくださって嬉しかったです。
(※2)HORSE TEAM GOCOO出演実績一覧はこの記事の末尾に掲載しています
大勢の観客の前でも動じないGOCOOの馬たち
撮影馬として活躍する馬たちとは?
GOCOO HORSE VILLAGEの厩舎
――現在、GOCOO HORSE VILLAGEには8頭の馬がいるということですが、撮影馬としての素質がある馬というのは、どういう馬なんでしょうか?
辻井さん:
人間と同じで、馬も生まれもった性格というのはなかなか変えられないんです。
ですから、単純に考えると人間に従順な頭の良い馬を買って、育てるのが一番の近道です。
でも適材適所というのもあって。
例えば一般的な乗馬レッスンでは、多少臆病で派手な動きはしない馬の方が使いやすいですが、毎回知らない土地で撮影をこなす撮影馬は、度胸がある馬の方がいい。
その代わり、腕のある人間が乗らないと言うことをきかなかったりもする(笑)。
乗馬クラブでは手に負えない、暴れん坊だけれど、撮影ではその立ち上がる姿が絵になるという場合もあります。
ホーススタントはそういう馬の新たな生きる場所を見出す場にもなっていたりするんです。
――なるほど。競走馬の場合は走る馬を見極める目を『相馬眼』と言いますが、スタントホースにはまた独特の相馬眼が必要なんですね。
ちなみに向いている馬の種類などはあるのでしょうか?
辻井さん:
いろんな馬を使いますが、一般的にはクオーターホースが向いていると言われています。
GOCOOにはアパルーサも多くいますが、クオーターホースに比べると少し怒りっぽいところがあるかもしれませんね(笑)。
撮影ではGOCOOの馬だけを使うわけではなく、既に現場に馬が用意されている場合もあるので、元競走馬(サラブレッド)に乗ることも結構ありますよ。
――撮影馬としての素質を持っている馬たちも、馴致や調教が必要だと思うのですが、どんなことを行うのでしょうか。
馬たうろすさん:
撮影現場でよく目にするものに慣れさせておくことが必要になります。
馬上で刀を持って振ってみたり、ドラム缶でスモークを焚いたり…あとは夜に松明を持って近づいてみたり…。
馬は賢いので、だいたい1回やれば2回目以降は大丈夫です。
そのほか、人間が馬の上に飛び乗ったり、飛び降りたりするのも練習をしています。
練習をしておかないと、人間が飛び降りた時点で馬はその場に停止してしまうんです。
でも、撮影ではその場から走り去ってほしいので、そういう訓練は事前にしておきます。
現場では馬の習性を利用することも大切で、走り去ってほしい方向に馬群を待機させておいて、そこに向かって馬が群れに戻っていくような形をつくったり、普段の放牧の際に馬同士の上下関係をチェックしておいたりして、それを撮影現場で活かすこともあります。
それから、訓練というわけではないですが、普通の乗馬クラブだと裏堀り(※3)をするときは蹄洗場に馬を繋ぎます。でもGOCOOでは、そこらかしこで裏堀りをします(笑)。
撮影現場には蹄洗場なんてものはないので、大草原で手入れをしたりすることも多々あるんです。
そのため、普段からいろんな場所で手入れをして、馬のメンタルを鍛えています。
(※3)裏堀り:馬の蹄の裏に詰まったおが屑や汚物などを取り除く手入れ作業のこと
▼飛び乗りの練習(特別に実演していただきました!)
▼飛び降りの練習(特別に実演していただきました!)
――馬の調教だけではなく、人間側が馬の習性などを熟知しておく必要もあるんですね。習性を利用することで画作りの幅も広がりそうです。
ちなみに現在GOCOO HORSE VILLAGEに入厩しているのは、どんな馬たちなんでしょうか?
馬たうろすさん:
辻井さんと長年コンビを組んでいて、撮影のほかプレジャーやトレイルなどの競技で賞もとっているパッサー号(※4)。
足の速さは随一で、疾走シーンは大迫力のカラス号。
安全第一走行で子どもも乗ることができるマックス号。
頭は良いけれどちょっと鈍足なダーク号。
肝の据わった女王様で崖下りも先陣を切っていくオディール号。
不器用だけどまじめに働くロアッソ号の6頭と、ただいま絶賛馴致中のララちゃん、ポニーのマルコくんの全8頭が日々頑張ってくれています。
(左から)パッサー号、カラス号、マックス号
(左から)ダーク号、オディール号、ロアッソ号
(左から)ララちゃん、マルコくん
(※4)パッサー号については老齢のため現在は撮影には出ていないそうです。
――実際に出演依頼があった際、馬のキャスティングはどのように決定するのでしょうか?また頭数が多く必要なときはどうするんでしょう?
辻井さん:
乗り手の技量を見ることが大切です。
例えばですが、乗馬が得意な役者さんであれば、スピードの出る馬に乗ることでより良い画作りができるのでカラスを選びます。
ですが、役者さんにケガをさせるわけにはいきませんから、もし乗馬歴の浅い方が乗られる場合には、スピードが出ないダーク号を選びます。
馬の頭数が必要なときは、馬添いのよい馬を外部から借りて連合軍を結成します(笑)。
乗馬クラブや牧場から借りることもありますし、映画『十三人の刺客』の撮影では50頭の馬が必要となり、相馬野馬追の馬を個人の方々からも借りてきました。
ただ、最近はCG技術の進歩が目覚ましく、10頭の馬を3回走らせて、それを合成して合戦のシーンを作るなんてことも増えています。
『落ちるために馬に乗る』スタントマンのトレーニング
――ここまで主に馬の話をお伺いしましたが、スタントマンや役者さんのトレーニングについてもお伺いしたいと思います。まず、一般の方の乗馬レッスンとスタントマンの方の乗馬レッスンはどのように違うのでしょうか。
辻井さん:
まず一般の方の乗馬レッスンは安全が第一、馬から落ちないための練習です。
そのため順序立てて教えていきますし、まずは正しい姿勢というのはこういう理由でこうなんですよ、ということを説明した上で、姿勢を覚えてから動きのレベルを上げていきます。
スタントマンの場合は、一般の方の乗馬とは逆で、馬から落ちるために練習をするわけです。
また撮影現場で想定しうる、あらゆる状況の対処法を習得しなければなりません。
ですから、とにかく経験が大事で、まずは動かして慣れろという方法をとります。
馬を動かして、速歩というのはこういうもの、駈歩というのはこういうものと体で感じていき、それから姿勢を直していきます。
彼らにとっては、落馬も大事な経験のひとつ。
そもそもスタントマンというのは、一般の人と比べて身体能力が非常に高いですし、馬上以外でさまざまなトレーニングを積んでいますから、ちょっと落ちたくらいどうってことはありません(笑)。
馬たうろすさん:
スタントマンの中には馬に乗って特別な練習をしなくても、普段マットの上でやっている技を馬上ですぐに再現できてしまうという超人もいるんですよ。
またGOCOO HORSE VILLAGEの場合、馬場はあまり大きくないですが、周囲に外乗コースがたくさんあり、林道を爆走もできますし、撮影現場により近い形での練習ができるのはスタントマンにとってもプラスだと思います。
――役者さんの場合はどうですか?
辻井さん:
役者さんの場合は吹き替えなしでカメラに映ることが多い『駈歩での発進』『駈歩からの停止』『疾走』までを練習することが多いですね。
役者さんも一般の方と同様に、安全は非常に大事ですが、彼らの場合はとても短い期間で乗馬技術を習得しなければなりませんから、練習初日から駈歩などもしてもらいます。
これは本当に役者さんのスゴイところなんですが、皆さん非常によく体の動かし方や魅せ方を知っていらっしゃいます。
乗馬経験がなくても『殿様のように乗ってください』『かっこよく乗ってください』と言うだけで、きれいな姿勢で騎乗できるんです。
気構えも違いますし、「落ちたら怖い」という気持ちがない人が多いので、体得はとてもスムーズです。
――さすが表現のプロフェッショナルですね…!馬には乗り手の緊張が伝わると言いますから、それだけ堂々と乗られれば馬たちも安心するかもしれませんね。
乗り手の教育という観点で、HORSE TEAM GOCOOとして今後の展望はありますか?
辻井さん:
馬に特化したスタントマンを育成していきたいという気持ちはあります。
馬場で馬を動かせても、撮影現場では馬はまっすぐ動いてくれませんから、ただ前に馬を走らせるだけで満足せず、馬術的な要素も含めて技術を習得してほしいですね。
私たちにも撮影馬に乗れるチャンスが!
信長協奏曲に出演したカラス号で体験レッスン受けた編集部員
――最後に、GOCOO HORSE VILLAGEでは一般のお客さんも撮影馬に乗ってレッスンを受けることができるとお伺いしていますが、どのようなお客さんが多いのでしょうか?
馬たうろすさん:
普段は別の乗馬クラブに通っていて、気分転換に通ってくださる方もいますし、林道を爆走するのにハマってしまい(笑)、毎月外乗コースで騎乗されている方もいます。
もちろん、はじめての乗馬をGOCOOで体験して、そのまま定期的に通ってくださっている方もいらっしゃいますし、ボランティアスタッフとして厩舎作業をお手伝いいただいている方もいます。
本当にGOCOOに来られる方の目的はさまざまなので、ぜひ気軽にいらっしゃっていただければなと思います。
いかがでしたか?
知られざるホーススタントの世界の貴重なお話をお伺いすることができました!
取材前はいかに馬を調教するかというところばかりに着目していましたが、馬の習性や一頭一頭の性格、性質をうまく利用し、試行錯誤しながら作品を作り上げているんですね。
今後、映画やテレビで馬の登場シーンに出会うのがますます楽しみになりそうです!
2019年1月18日(金)には横浜赤レンガ倉庫で開催されるホースメッセで、辻井さんのトークショーも開催されます。
ホーススタントに興味がある方や馬の撮影に興味がある方は是非、足をお運びください。
<取材協力>
HORSE TEAM GOCOO(ホースチームゴクウ)
GOCOO HORSE VILLAGE(ゴクーホースビレッジ)
https://htgocoo.cloud-line.com/
~HORSE TEAM GOCOO出演作品~
【2018】実写版『刀剣乱舞』/家康江戸を建てる/日本テレビ「トドメノ接吻」/テレビ東京 歴史特番「ウソでしょ!?ヒストリー」【2017】映画「たたら侍」/映画「無限の住人」/NHK「鳥羽伏見の戦い」【2016】CM「麒麟淡麗」/NHK「精霊の守り人」シリーズ(2016年~2018年)【2015】フジテレビ「信長協奏曲」/白山神社「住吉祭り」(2015年~)【2014】映画「仮面ライダー鎧武」【2013】テレビ朝日「doctor-X」【2011】映画「のぼうの城」/映画「プリンセストヨトミ」/映画「忍たま乱太郎」【2010】映画「十三人の刺客」/映画「桜田門外ノ変」【2009】映画「侍戦隊シンケンジャー銀幕版」/映画「山形スクリーム」/新潟上越市「謙信公祭」(2009年~)【2007】NHK大河ドラマ「風林火山」/映画「スキヤキウエスタンジャンゴ」