テシオの「魔術」 ―スポーツ遺伝学からのアプローチ―(1)
2018/01/17
カテゴリ:馬のはなし / 人のはなし / Pacallaオリジナル
1月9日に2017年度のJRA賞受賞馬選考が行われ、年度代表馬には2年連続でキタサンブラックが選ばれた。
過去5年の受賞馬を振り返ると、
2016年キタサンブラック
2015年モーリス
2014年ジェンティルドンナ
2013年ロードカナロア
2012年ジェンティルドンナ
と、最近の日本競馬の立役者が並ぶ。
これら全ての馬の血統は7代前まで遡ると、父系または母父系に必ず出てくる一頭の牡馬が存在する。
ネアルコである。
ネアルコは、現在の日本競馬を席捲しているサンデーサイレンス系(昨年の種牡馬リーディングの上位10位のうち7頭を占める)の直系祖先である.さらに、現在の上位10位種牡馬のうちサンデーサイレンス系以外の全3頭の血統にも関わる存在である。
また、1980年代~1990年代を中心に日本競馬界を牽引したノーザンダンサー系の直系祖先としても有名である。
つまり、ネアルコなくして日本近代競馬は成り立たない。
ネアルコは、イタリアのドルメロ牧場という小さな牧場で生まれた。
生産者は、「ドルメロの魔術師」と呼ばれたイタリア人、フェデリコ・テシオ(Federico Tesio、1869 – 1954年)である。
テシオは、年間に十数頭という少ない生産馬のなかでネアルコのほかにタップダンスシチーの祖先でもあるリボーなど多くの重賞勝馬を輩出し、現代までの産駒に伝えることでこの近代競馬を創り上げた。
この、まさに「魔術」ともいえる競走馬の交配技術はどのように編み出されたのだろうか?
少々難解ではあるが、テシオの著書「Breeding the Racehorse」(競走馬の生産)に生産の心得が書かれている。
和訳本は、昭和36年に日本中央競馬会が資料として翻訳発刊し、一部の関係者に配布されている。その後、字句の訂正加筆および写真を挿入したものが1970年に「サラブレッドの研究」(佐藤正人訳)として再版されている。
和訳資料の一部をご覧になりたい方は、こちら(http://nereidedesign.la.coocan.jp/)のデジタルアーカイブを参照頂きたい。
古人の考えといえども、約100年前のアイデアが現在の競馬界を支配していることを考えると、一読する価値は十分あるだろう。
私見によるものが大きいが、テシオによる「競走馬の生産」の要点は以下の4点としてまとめることができる。
- 短距離、長距離に関わらずスピードを目的とする馬の生産を行うこと(「スピードと持久力-分類と比較」の項参照)。
- ステイヤーの馬の血統には、「優秀なスプリンターの祖先」が存在すること(「スピードと持久力-スプリンターとステイヤーの父」の項参照)。
- 血統に確実性は存在しなく、スピードや持久力などの運動能力についてはメンデル性遺伝を示さない(スピード遺伝子や持久力遺伝子は存在しない)。一方で、骨格・体格・神経などの体づくりのための要素は配合による影響を大きく受ける。この結果、組み合わせ次第でスピードになったり持久力になったりする(「スピードと持久力-遺伝性質としてのスピードと持久力」の項参照)。
- 現役を引退し、疲弊している馬はよい馬を生産できないが、引退後、心身ともに回復し、生産時点において繁殖馬の「神経的エネルギー」が高い方が、より良い馬を生産できること。
このテシオによる競走馬の生産の要点のうち面白いのは、テシオが持久力よりもスピードを重視していた点である。長距離のレースで1着になった馬は必ずしも持久力が高い訳では無く、より早くゴールした(=より速かった)ことを明らかにしている。つまりそのレースに臨んだ集団の中で一番平均スピードが速かった馬がレースを制するとテシオは解釈している。そのようなデータと解釈のもとでテシオはスピードを重視していた。
また、テシオ自身は自家繁殖をあまりせず、常に新しい血を求めていたことでも知られている。
国外からの血統を求めるアウトサイドブリーダーである。
では、現代の科学はどこまで競走馬の血統を理解しているのであろうか?
次回、私が研究しているスポーツ遺伝学(研究対象は主にヒトであるが...)の研究報告を参考に、
競走馬における遺伝研究の現状もお伝えしたい。
本日1月17日はフェデリコ・テシオの生誕日である。
昔のイタリアのゆったりとした牧場風景に思いを馳せながら、フェデリコ・テシオが競走馬生産へ傾けた努力と情熱に賛辞を贈りたい。
第2回はこちら
テシオの「魔術」 ―スポーツ遺伝学からのアプローチ―(2)