重賞制覇レポート『タイトルホルダー』岡田スタッド 編(宝塚記念)
2022/09/29
カテゴリ:馬のはなし / 色々なはなし / 人のはなし / Pacallaオリジナル
第101回凱旋門賞。史上最多の日本馬4頭が出走する大一番へ、日ごとに盛り上がりが増していきます。その総大将ともいえるのがタイトルホルダー。岡田スタッドのエースがパリロンシャンに乗り込みます!
フランス遠征を実現させる大きな要因になったのが宝塚記念でした。
1000メートル通過が57秒6というハイペース。1コーナーで先手を取ったパンサラッサの2番手をマイペースで進みました。パンサラッサとの3、4馬身ほどの差を詰め、直線入り口で先頭へ。さらに加速して追い上げてきたヒシイグアスを2馬身突き放し、2011年にアーネストリーが記録したレコードを塗り替える強い競馬でした。
「57秒6で行ったパンサラッサとの差が3馬身くらいしかなかったじゃない? そんなペースで行って、最後バテない馬がいるわけないっていう感覚があるから。だから、こんなペースで行ったら差されるぞって思っちゃったよね」
しかし、岡田スタッドグループ代表である岡田牧雄さんの不安をよそに演じた2番手から押し切る完勝劇。
「パンサラッサって強い馬だと認識しているから。タイトルホルダーが差せるんじゃないかというのも頭にあったけど、阪神の小回りであの短い直線でパンサラッサに勝たれるんじゃないかと。だから、それも含めてあの勝ち方で、レコードで。馬場だって他のレースでレコードが出るような状態じゃないからね。他のレースも1秒や2秒かかっているような悪い馬場だから。だから、どうしたって驚くしかないよね」
牧雄さんの想像を超えたレース内容にフランスへのGOサインが出ました。
▲笑顔の岡田牧雄さん
実は、牧雄さんは宝塚記念前までは今秋の凱旋門賞挑戦に意欲的ではありませんでした。
「種馬としての価値を上げるために、秋に向けて中距離のG1を取らないといけないという意識が強かったんだよね。4歳より5歳の方が強くなるような育て方なので、5歳になったら凱旋門賞でもブリーダーズカップでも行くから、4歳は国内に専念しようと言っていた」
しかし、2200メートルのグランプリで圧倒し、その思いが変わったと言います。
「自分の中ではレコード勝ちなんて思いもよらなかったし、あんな速いペースでついて行って、逃げた馬が8着まで失速しているのに、(後続を)2馬身ちぎって勝つなんていうのはちょっとすごいなと。じゃあ、凱旋門賞に行こうと」
それまでのG1・2勝は菊花賞、天皇賞・春と長距離でしたが、初めて中距離のタイトルを獲得。日本のトップの座に就いたともいえる勝ちっぷりを見せつけ、牧雄さんの心を動かしました。
「宝塚記念を勝った時に、本当に日本で一番強いかもしれないと少し思っちゃったから」
1969年にスピードシンボリが初めて凱旋門賞に参戦(着外)。それからのべ29頭の日本馬が挑戦を続けてきましたが、その頂にはまだ手が届いていません。凱旋門賞は日本の悲願とも言われるタイトルにもなっています。
「私は“凱旋門賞協奏曲”と呼んでいるんだけど、誰かが勝って、早く終わらせた方がいいよ。そして、アメリカ競馬を目指した方がいい。ヨーロッパは日本と馬場や環境が違う。日本の競馬に合った競馬場で競馬をするのが正しいと、20年前からずっと思っている。誰かが勝てば(凱旋門賞協奏曲が)終わるわけで、だから早く勝てばいいなと毎年応援していたよ。アメリカは日本と同じシステムで、G1もたくさんあるし、日本の競走馬に合った競馬場を選べる。10月に限ってないし、いろんな時にいろんなレースがあるから狙いに行ける。ヨーロッパだと日本の競馬を犠牲にしないといけないから、日本のファンにも失礼だよね」と牧雄さんは自身の胸の内を明かします。
日本馬は1999年のエルコンドルパサー、2010年のナカヤマフェスタ、2012、2013年のオルフェーヴルと2着が4回。念願のタイトルに近づけば近づくほど、日本のホースマンの悲願への思いは増してきたようにも思えます。
これまで挑戦してきた日本馬は末脚自慢の馬が多く、タイトルホルダーは今までにあまりいなかった先行力を武器に戦うタイプ。どんなレースを繰り広げるのかワクワクします。
▲昨年の凱旋門賞のゴール前
▲凱旋門賞のトロフィー
弥生賞で重賞初制覇を達成してから約1年半。この間にすさまじい成長を遂げ、世界最高峰の舞台に挑戦するまでになりました。
育成中は「肩が出て、飛節も伸びて、ダイナミックなフットワークをしていた」タイトルホルダー。「この馬、すごいな。これならG1を取れるな」と牧雄さんはその素質にほれ込んでいました。しかし、クラシック戦線を迎えると牧雄さんがほれ込んだフットワークは影を潜めてしまいました。
「彼(タイトルホルダー)は相当な自信家なんだよね。だから、もっと走れる、もっと走れるっていう気持ちが強いから、乗るジョッキーはピッチ走法だと思っちゃう。ピッチ走法じゃなくて幼いだけなんだよね」
それが一年を経て、伸びやかなフットワークが戻ってきました。
「弥生賞や皐月賞のフットワークと天皇賞、宝塚記念のフットワークを比べてみてほしいよね。弥生賞や皐月賞はつんのめって走っているから。首も使えなくて、自分が焦っているだけ。頭と体のバランスが悪いと壊れるから。だから、なるべく壊れないように、使いたくないと思っていた。だけど、成長して頭と体のバランスが良くなれば、もっと大きなフットワークで、故障のない競馬ができるはずで、パドックで明らかに馬が変わったなと思ったのは天皇賞・春の時。それまではバランスの悪さで馬自身が強くなるという競馬じゃなく、潜在能力で走っていた。天皇賞、宝塚記念が終わって、この馬が少し強くなってきているんじゃないかと思っている。5歳になったら…というのはそういう意味も含んでいるんだよね」
最初は国内でと決めていた4歳の年に凱旋門賞挑戦が決まったのは、ファンの気持ちを汲んでのものでもありました。「競馬ファンが思っていることをやってあげたい」と常々話す牧雄さんは、2020年のジャパンCに三冠牝馬デアリングタクトを起用。アーモンドアイ、コントレイルとの3頭による三冠馬の対決が実現。競馬ファンの盛り上がりは最高潮に達しました。
「海外に行くのもファンが喜ぶから。オリンピックと一緒。日本で一番強かったら海外に行って競馬しないといけないって、日本のホースマンとして考えた時にそう思っているだけの話。私自身、海外はあまり好きじゃないけど(笑い)」
自身のことだけを考えるのではなく、ファンの思いを実現させたい。牧雄さんはそうやって日本競馬の発展に尽力してきました。
海外メディアでも例年以上の注目を集めるチーム・ニッポン。タイトルホルダーをはじめ日本の精鋭たちに期待が高まります。
「凱旋門賞の馬券発売の売り上げはレコードになるんじゃないかな。それくらい盛り上がっているよね。コロナの影響で暗かったからね。ヴィクトワールピサがドバイワールドカップを勝った時、『東日本大震災の復興に向けて光が…』とかそんな見出しが多くて、妙にうれしかったし。これでもし日本馬が勝ったら、日本も少し明るくなるような気がするよ」
10・2。パリロンシャンでの決戦に、1秒たりとも目が離せません。