重賞制覇レポート『フルデプスリーダー』村田牧場 編(エルムS)
2022/09/23
カテゴリ:馬のはなし / 色々なはなし / 人のはなし / Pacallaオリジナル
今回の重賞レポートはピンチヒッターとして、望田 潤が担当させていただきます。
村田牧場の村田康彰さんとは旧知の仲ということで、通常の重賞制覇レポートとは違う、対話形式の取材、記事にさせていただきました。読者の皆様、よろしくお願いいたします。
望:フルデプスリーダーのエルムS優勝おめでとうございます!今年の村田牧場は8月終了時点でJRA11勝と、昨年を上回る勢いで勝ち鞍を重ねています。フルデプスリーダーのエルムS、ノースブリッジのエプソムC、ディープボンドの阪神大賞典と、重賞勝ちが3つですから中身も濃いですね。それと夏からスタートした2歳新馬戦が3頭出て[2-1-0-0]というのも凄い。】
村:「ありがとうございます。フルデプスリーダーにとっては、25戦目にして初めての重賞制覇となりました。
デビュー時からここに至るまで比較的コンスタントにレースを使ってきましたが、その間もしかりと休養を挟むなど、馬主様である小田吉男オーナーのご理解と斎藤誠調教師をはじめとする厩舎サイド、そして本馬の若駒時の育成や休養先としてもお世話になっているエクワインレーシングさんのご努力の結果として、ここまでの馬に育ってくれました。
G3エルムSの当日は牧場から私が現地まで応援に行ったのですが、お蔭様で本馬の優勝に立ち会うことができましたし、重賞ということで表彰式にも参加させていただきました。オーナーと調教師の先生は他場で出走馬がいた関係で札幌に臨場されていなかったのですが、後日に開催された1歳サマーセールの会場でオーナーと調教師の先生にお会いすることができたので、直接お祝いの言葉と本馬を重賞勝ち馬にしてくださった御礼を述べさせていただきました。お二人も大変喜んでくださっていて、改めて重賞制覇というのは良いものだなと実感しました。
今年も当場生産馬はよく頑張ってくれていて、今年はこれでJRA重賞3勝目ということで、日高の中小牧場というカテゴリーのなかでは出来過ぎかなとも感じています。当場は基本的にマーケットブリーダーであり、ディープボンドやノースブリッジ、そしてフルデプスリーダーと今年重賞を勝ってくれている当場生産馬たちはすべてセール取引馬です。馬の頑張りもありますが、当場生産馬をご購買くださった馬主様、さらには厩舎サイドや育成場、そしてレースで騎乗してくださる騎手の方々のお蔭でこの成績があることを決して忘れてはならないと思っています。2歳戦についても、生産馬のバグラダスとエレガントルビーが7月の段階で新馬戦を勝ってくれていますが、早期デビューによる勝ち上がりというのは育成場や厩舎サイドの力が大きいといえるでしょう。」
―フルデプスリーダーの母ファーストチェアはアドマイヤムーンの妹で、牝祖ケイティーズKatiesは愛1000ギニー馬で子孫に活躍馬が大繁栄しています。重賞勝ち馬を産んで何ら不思議のないバックボーンの持ち主ですが、ファーストチェアが村田さんのところへ来た経緯などをお教えください。アドマイヤムーンといえばノースブリッジの母父でもありますが。
「ファーストチェアは、ジェイエス繁殖馬セールで購買したのですが、当時ノーザンファームさんから上場されていたのを落札したんです。その頃、当場内で『トニービンの血が入った繁殖牝馬って良いよな。機会があれば導入しよう』と話していたように、当場にはトニービンの血を持つ繁殖牝馬が少ないという背景がありました。
そういうなかで、2015年秋にジェイエス繁殖馬セールがあって、2代父にトニービンを持つファーストチェアが上場されていたんです。ファーストチェアの馬体を当場会長が特に気に入って、下見の段階で普段からチャカつく面があるという話しは聞いていたものの、アドマイヤムーンの半妹という血統背景も魅力的だったので競って落札しました。私としても当時、繁殖牝馬のラインナップにハイペリオンHyperionの血が強い馬が欲しいと考えていて、その血が濃いファーストチェアは事前のカタログ調べの段階から購買候補に挙げていました。
結果的に、ファーストチェアをそれほど高くない金額で落札することができたのは、やはり気性的にチャカつく面があったのが他の購買者の方々にマイナスの印象を与えたのかもしれません。それでも、彼女を当場に迎えてから繁殖チームがうまく扱ってくれていて、ここまでの彼女の仔出しは安定して良い印象です。産駒は気性的に勝った馬もいますが、母のチャカつきを受け継いでいる印象はないですね。
ファーストチェアといえば、当場生産馬でG3エプソムCを勝ってくれたノースブリッジの母父アドマイヤムーンとは半きょうだいという関係です。ハイペリオンの血をはじめ欧州血脈のほうが勝っているファーストチェアに比べて、アドマイヤムーンは父エンドスウィープの影響もあって欧米の血がバランスよく入っています。そのアドマイヤムーンが母父に入ると、馬格や体質を含めてちょうど良い馬体に出る印象です。当場で繫養している繁殖牝馬でアドマイヤムーンを父に持つアメージングムーンも、ノースブリッジをはじめ好馬体の産駒を産んでくれますし、セールに上場されている母父アドマイヤムーンの産駒を見ても馬っぷりの良い馬が多いと思います。実際、母父としてのアドマイヤムーンはBMSの順位を年々上げてきていますよね。現代の日本競馬の血統事情にもマッチしている血脈だと思いますし、これから注目すべき母父だと思います。」
―ファーストチェアはケイティーズハート(エフフォーリアの母)の姪にあたり、両者は血脈構成もかなり似ていますが(組み合わせ血統表参照)、ファーストチェアが村田牧場に導入されたときにはまだエフフォーリアは産まれていませんでしたよね。その後エフフォーリアがデビューして、あの大活躍を見て何か思うことはありましたか?
「私は、ファーストチェアに対してハイペリオンの血が強い繁殖牝馬というイメージを持っていますが、ケイティーズハートの血統を初めて見たときも『ファーストチェアと血統が似ているな、こっちもハイペリオンの血が強いな』と感じました。
私は、ハイペリオンの影響が強い馬は持続するスピードを持つ傾向にあると考えているので、直線の長い東京のようなコースを得意とする馬が多く出るだろうなと、ファーストチェアだけでなくケイティーズハートの産駒に対してもそう思っていました。
ただ、実際にはファーストチェアからは東京コースを得意とする馬がフルデプスリーダーくらいしか出ておらず、他の産駒たちにその傾向は感じられません。一方で、ケイティーズハートの産駒であるエフフォーリアは、現時点で6勝しているうちの3勝が東京コースですから、少なからずハイペリオンの影響を感じさせる競走成績だなと。まあ、エフフォーリアに関しては父の母シーザリオの血統にもハイペリオンの影響が強く感じられるので、ケイティーズハートだけの影響ではないかもしれませんが。
ファーストチェアとケイティーズハートの血統的な類似性は以前から気づいていたので、エフフォーリアがG3共同通信杯を制したあたりから、ファーストチェアの配合を考える際に彼を意識した配合をしてみようと思っていました。実際のところ、血統的に合いそうだったので私のなかではファーストチェアにエピファネイアを配合する案も、それこそエフフォーリアが登場する前から検討したこともあったんです。
ただ、一部のエピファネイア産駒には幅の薄いタイプの馬も見受けられたので、ファーストチェアの産駒にはそういう面がなかったものの、エピファネイア×ジャングルポケット牝馬の配合では幅の薄い産駒が出るかもしれないと敬遠してしまいました。庭先やセールで売ることを考えると、少しでも見栄えのする産駒を作りたいですからね。そこで、エピファネイアではありませんが、同じシンボリクリスエス産駒でダート系種牡馬のルヴァンスレーヴを配合することにしたんです。
薄めの馬体には出ないと予想していましたし、血統的にもエフフォーリアと少し似ている面もあります。それでいて、父母の血統的相性それ自体が良さそうに感じたので配合しました。結果、今年はルヴァンスレーヴの牝馬を出産してくれました。お蔭様で、すでにお客様に評価していただいて売約済みですが、将来の繁殖牝馬としても期待しているので、競走馬として引退した後は当場に帰ってくる予定になっています。
ちなみに、ファーストチェアは今年サートゥルナーリアの仔を受胎してくれました。サートゥルナーリアはエピファネイアの半弟なので、来年生まれる仔も血統的にエフフォーリアと似ていると言えますね。」
―なるほど、それはどちらも楽しみですね!ファーストチェアの近親は芝中距離の活躍馬が多い印象ですが、そこにダートの名種牡馬ヘニーヒューズを配された理由もお聞きしたいです。
「ファーストチェアの場合、その血統表からトニービンやヌレエフNureyev、サンデーサイレンスといった名前が目につきますが、私にとっては彼女の2代母ケイティーズファーストの血も魅力的でした。特に、Relance=ポリックから成る全きょうだいクロス(4×3)が効いていると思います。
ファーストチェアにヘニーヒューズを配合した理由も、このRelance=ポリックの全きょうだいクロスの存在が関係しています。ヘニーヒューズの母方には、レリックRelicを父に持つオールデンタイムズOlden Timesの血が入っています。そのオールデンタイムズと、同じくレリックを父に持つRelance=ポリックの血統構成が似ていると思いました。
ヘニーヒューズが持つこのオールデンタイムズの血で、ケイティーズファーストが持つこの全きょうだいクロスを活かせると思ったのが、この配合の理由の一つです。もう一つ、ファーストチェアにヘニーヒューズを配合した理由として、ジャングルポケットのような馬体的に伸びがあって素軽く出そうな血を持つ彼女に対して、ヘニーヒューズのようなパワフルで筋肉質な馬体との配合は合いそうだなという思いもありました。
本来ならば、芝向きとも思える血統のファーストチェアに対してダート系種牡馬のヘニーヒューズを配合するのはズレてる感覚を持たれるかもしれませんが、血統面で詳しく調べても相性が良さそうでしたし、馬体的にもヘニーヒューズを配合候補から外す理由がないなと。ファーストチェアに関しては、芝向きの繁殖牝馬というより、質の高い繁殖牝馬というイメージを持って彼女の配合を考えるようにしています。結果として生まれてくれたフルデプスリーダーは、母父ジャングルポケットの影響もあってか父ほど重心が低くなかったですし、張りのある筋肉質の馬体ながらも太過ぎないという、こちらが望んでいた通りの馬体に出てくれました。」
―3歳の弟ロジハービンもまだ粗削りですが素質を見せていますよね。ロジハービンの全姉ヴァフラームもオープンまで出世した馬です。ハービンジャー×ジャングルポケットだと重々しく緩すぎるようにも思うのですが、ケイティーズ牝系のパワーマイラー資質で絶妙に締めているところがエフフォーリアと重なるイメージでもあります。そういえば村田さんがハービンジャーを付けられるのは珍しいのでは?
「ロジハービンに関しては、当場にいた頃から期待していました。なかなかこれだけの馬体に出る馬もいないなと思っていましたし、気性もどっしりとしていて、非常に扱いやすい馬でした。G3京成杯で2着した時もこれくらいは走れる馬だと思いましたし、半兄フルデプスリーダーが重賞を勝ってからは、ロジハービンだって重賞を勝ってもおかしくないと今でも思っています。ただ、ロジハービンは結構な馬体重がある馬なので、春先の骨折からの復帰に向けてはある程度慎重にならざるを得ないでしょう。何とか無事に復帰戦を迎えてほしいと願っています。
ファーストチェアにハービンジャーを配合した理由については、やはりロジハービンの全姉ヴァフラームの存在が大きかったです。ハービンジャーを配合すると決めたときには、すでにヴァフラームが準OPクラスまで上がっていましたからね。
ただ、血統的にハービンジャーはダンシリDansili系種牡馬であり、欧州でこの系統と相性が良いのはサドラーズウェルズ系だと思っていたので、サドラーズウェルズの血を持つ繁殖牝馬がいなかった当場としては、ハービンジャーはそれほど積極的になれない種牡馬でした。それでも改めてダンシリの系統を調べてみると、この系統の活躍産駒のなかには母方にサドラーズウェルズを持つ馬のほかにも、ヌレエフNureyevやその母であるスペシャルSpecial、あるいはスペシャルの全弟であるサッチThatchの血を持つ産駒も活躍していました。それならスペシャルの血を持つファーストチェアもハービンジャーとは合うだろうと思って、結果として生まれたのがロジハービンだったんです。
ロジハービンは、幼少時から他馬より骨格がしっかりとしていて、大柄でパワフルな馬体をしていました。そういう意味では欧州っぽさを感じる馬体でしたね。ただその分、素軽さに関しては少し割引が必要かなとも感じていたので、ハービンジャー産駒とはいえダート馬になるかもと思う時期もありました。最終的にはその心配は杞憂に終わり、1歳秋の引き渡し時の頃には立派な馬体ながら重たさは感じさせないシルエットになり、育成場さんで軌道に乗ってくれれば芝路線で楽しみな馬だなと思いながら送り出した記憶があります。」
―ファーストチェアの仔はジャングルポケットの肌らしく成長力に富み、古馬になってもう一皮むけるので、ロジハービンも先々楽しみですね。
「大柄な馬ですから、球節部の骨折明けからの復帰戦をどのように迎えるかが一つのポイントになると思います。ファーストチェアの産駒は、フルデプスリーダーのように古馬になっても成長力がありますし、ロジハービンにもそれは当てはまると思います。個人的には、芝の中長距離のレースで走る彼の姿を心待ちにしています。」
―1歳はヘニーヒューズの牡ですから、フルデプスリーダーの全弟になりますね。最後にこの馬についてもお教えください。
「フルデプスリーダーの全弟にあたる1歳牡馬については、フルデプスリーダーの馬体の出来が良かったのと、彼がしっかり勝ち上がってくれたのを見てから、全きょうだいを作ろうという流れになりました。そして、生まれた全弟が当歳の頃に、以前からお世話になっている馬主様に気に入っていただき庭先にてご購買いただきました。
全弟のほうはフルデプスリーダーより体高が低く、より父ヘニーヒューズに似ている印象があるので、ダートのマイル以下を得意とする馬に成長しそうな印象です。すでに育成場さんに移動していて、最終的には近年の調教師ランキングで上位に来ている厩舎に入厩予定と伺っています。全兄が重賞を勝ってくれたので、オーナーサイドもこの全弟に期待してくれているようです。」
今回も村田さんは私の質問に理路整然かつ立て板に水で答えてくださり、毎度のことですが村田牧場の取材ほど楽なお仕事はなかなかありません(笑)。今の村田牧場ならば他の馬で他の血統で重賞を勝つ日も遠くないでしょうから、その暁にはまた取材させていただきたいと思っています。関係者の皆様おめでとうございました!(望田)