重賞制覇レポート『ディープボンド』村田牧場編(フォワ賞)
2021/09/24
カテゴリ:馬のはなし / 色々なはなし / 人のはなし / Pacallaオリジナル
10・3の世界決戦へグリーンライト点灯―。
ディープボンドが仏G2・フォワ賞で鮮やかな世界デビューを果たしました。新パートナーのクリスチャン・デムーロ騎手に先頭へ導かれて“快逃”。直線でブルームが追い上げてきましたが、その差は詰まりません。軽快に逃げた日本の4歳馬は、一度もハナを譲ることなく1馬身半差でゴールを駆け抜けました。
「スタートが決まったので、行っちゃえばいいなと思って見ていたら、本当に行きましたね。日本でも一瞬の切れ味というか、瞬発力で勝負する馬ではなく、持久力とスピードの持続力で勝負する馬ですから。フォルスストレート(偽りの直線)のあたりから仕掛けていたのを見て、鞍上がこの馬のことを分かってくれているなと思いましたよね。いいタイミングで仕掛けてくれたなと思いました。結果的にあの馬のレースになりましたよね。(海外での勝利は)初めてのことなので…。まさかな、って感じですよ」
日本では34秒9の上りがこれまでの最高でしたが、この日はフランスの馬場で33秒8をマーク。新冠のサラブレッド銀座に位置する村田牧場にとって初の海外重賞制覇となりましたが、うれしく、そして少し驚きもあった1勝を村田康彰専務は弾んだ声で振り返ります。
初めての海外遠征ですが、パドックではいつも通りの姿。牧場時代に培ったどっしりした精神面を見せ、こちらを安心させてくれました。
「この牝系はみんな気が強いので、子馬の時からずっと気の強さを持っていました。セレクションセールに向けてのセリ馴致を施し始めてから気性がどっしりしてきました。それまではなんとなく反抗するような感覚が普段から見受けられていたんですが、手入れの時はどっしりしないといけないとか、引き運動の時はハミを気にしながら人間の歩くスピードで歩かなきゃいけないというのは教え込むとだんだん分かってきましたね」
異国の地で気持ちよさそうに走る姿を見た村田専務も頼もしそうな表情を浮かべていました。
ディープボンドは2018年セレクションセールにおいてノースヒルズが1650万円で落札。キズナの初年度産駒が2013年のニエル賞を制した父に続く仏重賞制覇を成し遂げました。
「キズナの初年度産駒ということで、ノースヒルズさんが力を入れてセリで何頭も買って、そのうちの1頭に選んでもらって、あれだけ頑張ってくれて海外重賞まで勝つんですからね。僕らとしてはキズナのオーナーさんに買ってもらったということで、認めてもらったというのはうれしかったですよね」
ディープボンドの父であるキズナ
キズナ産駒は8頭で重賞を計14勝。ディープインパクトの後継種牡馬の1頭として早くから実績を積み上げてきました。
「コンスタントに勝ち上がっているのでサンデー系らしい種牡馬だと思います。勝ち上がり率が高くて、コンスタントに重賞勝ち馬を出せる。骨格がしっかりしているし、レース向きの気の強い気性もしていますしね。ディープボンドも生まれた時から骨格がしっかりしていたし、馬格も出てくれて、父親のいいところを受け継いでくれました」
「父似の子を出す」(村田専務)というゼフィランサスの子らしく、父と同じ青鹿毛。2019年10月のデビュー時は486キロでしたが、今年5月の天皇賞・春には502キロとボリュームアップした姿で出走しました。
ゼフィランサスの2021
ディープボンドの牝系には1986年の凱旋門賞馬ダンシングブレーヴ。その直子であるキングヘイローと村田牧場を代表する繁殖牝馬であるモガミヒメをかけ合わせて生まれたのが、ディープボンドの母ゼフィランサスです。
「うちの会長が(競走馬の総合商社である)優駿の代表も務めていたときに優駿スタリオンステーションでキングヘイローを繋養する機会を得て、そこからの縁ですからね。キングヘイローが優駿スタリオンステーションに入っていなかったら、何回もつけることはなかったかもしれない。この牝系によく合う種牡馬であったということが分かったのも優駿SSにいたからこそだという気がしますよね」
ディープボンドの母ゼフィランサス
ディープボンドのいとこにあたるローレルゲレイロやトキノフウジンなど、キングヘイローを交配させたモガミヒメの牝系は活躍馬を送り出してきました。
スプリントG1を2勝したローレルゲレイロは香港とドバイに遠征。2010年のドバイG1・ゴールデンシャヒーンでは4着と健闘しました。
「そのいとこでまた海外に行くとは。ハーランズルビーのように海外から繁殖を連れてきて勝ってくれるモズベッロみたいな馬もいるけど、日本在来の血統で行けるというのは僕らとしては感慨深い。一番力の入っている牝系なので」
村田牧場を支えてきた牝系で再び海の向こうへ―。自然と村田専務の口調にも力が入ります。
村田牧場の活躍馬ローレルゲレイロ
父キズナは凱旋門賞4着、そして祖父のディープインパクトも挑戦(3着入線、のちに失格)。父系は3代連続で世界最高峰の舞台にチャレンジします。
「阪神大賞典を勝ったあたりから、オーナーサイドから向こうの方に適性がありそうだから天皇賞・春の結果次第では欧州遠征を考えているという話は伝わってきていました。ドラマチックな血統背景を持ってくれていると思います。オーナーさんが決断してくれたからこそ海外遠征に行ってくれていると思うので、恩返しまではいかないですけど、まずは海外重賞をひとつでも勝ってよかったなと思いますね。凱旋門賞でもいいところを見せてほしいな。お父さんが4着だったから、それ以上を目指してほしいなという思いはありますよね」
馬場適性を示したレースぶりに本番への期待も膨らみます。
村田専務は大学卒業後、カナダで1年半ほど英語を学び、そしてアイルランドで1年ほど修業して経験を積みました。アイリッシュ・ナショナルスタッドでは種付けシーズンに滞在して学び、その後は地元のブラッドストックエージェントについてセリやセリ馴致の勉強をしたといいます。
アイルランドで過ごした1年は当然、日本での牧場経営にも大きな影響がありました。それまではしていなかった昼夜放牧を導入。長時間の放牧には体力を必要とするために飼料も変えました。
「馬の出来も変わっていきましたよね。それまでは腹がボッテリしているような1歳馬が多かったけど、配合飼料などをやりながら適切な飼料を管理して、昼夜放牧を施していったら、四肢に筋肉がつくけどおなかの方はボテっとならない。それから競走成績も変わっていきました」
牧場経営に村田専務が関わるようになって5世代目にローレルゲレイロと、努力が結果に表れてきました。
しかしながら、牧場経営にかかわらず努力を続けていても時として苦しい時期が来ることもあります。村田牧場にも一度成績が落ち込んだ時期があったといいます。
「一度落ちて、これではダメだなと思って2か所の放牧地を1つにまとめて拡張しました。これはモズベッロが初めて経験している世代です。ディープボンドの世代からは冬の間の昼夜放牧を始めるようになりました。こうやって成績が出てくれたので、今のところはそういう馬のつくりがいいサイクルになってきてくれているかなという気がします」
歩みを止めず、前へ前へと進んできたからこそ今回のうれしい1勝につながっているように思えます。
国外で学んできたことが実績として積み重なり、生産馬が夢を背負って海外へと旅立つ。点を打ち、引いてきた線がくっきりとしてきました。
「いつの日か海外に行く馬がいたらいいなというイメージを持ちながら修業していました。ローレルゲレイロが香港、ドバイに行きましたが、それでも十分にありがたかったですよ。一生に一度あるかないかだと思っていましたから。しかもG1の勝ち馬として行っていましたから。ただ、そのいとこが海外重賞を制して凱旋門賞まで行くというのはね。ちょっと想像していなかったですよね。向こうで修業をしていても凱旋門賞はさすがに…。今回はオーナーサイドの決断が大きいですよね。G1を勝ってなくても適性があるなら連れて行こうと思える。実際に勝たせていますから、あの辺の慧眼というか、すごさがありますね」
村田さんたちが大事に、大事につなげてきた牝系が再び大きな夢をかなえてくれました。そして、村田専務は決断を下したオーナーのチャレンジングスピリットにも感謝を忘れません。
「無事に走ってほしいというのが一番なんですけど、前哨戦を最高の形で制してくれたので本番に向けてやっぱり期待感は持っています。クロノジェネシスも参戦しますから2頭とも頑張ってほしいですね」
村田牧場の、日高の夢を乗せ、Allez!!(行け!!) Deep Bond!