老雄の一撃を…
2019/02/01
カテゴリ:馬のはなし / Pacallaオリジナル
昨年の暮れに行われた将棋の竜王戦。
現竜王だった羽生善治は、広瀬章人に敗れタイトルを失った。
我々と馴染みの深いあの名手と同じく、羽生も棋界で天才と呼ばれる男だ。
27年振りに無冠となった羽生善治。
対局後、伝えられたこの文言から、彼の凄さを感じとることが出来る。
巷間、囁かれている噂の一つに「年齢による衰え」というのがあった。氏も自ら、そのことは認めているのだが、まだ48歳。一般社会だと、リーダーとして最盛期にあると見られる齢だ。故に、先生は前人未到のタイトル100期を成し得ると、河原の将棋親父達に、サンドバッグ扱いされている棋力がミジンコ並みに弱い私は確信している。
生きてると必ず歳をとる。人も虫も建物も…。いつも速くてカッコイイお馬さんだって同じだ。経験値的な観点から見ると、老人連中に分があるが、総体的に見れば若手が優勢となるのは、馬世界以外の世界でも当てはまる法則である。
歳はとりたくないもんやなぁ…。
そんなボヤきが口から出かけたとき、ティーハーフが閃光のように差してきた。
父ストーミングホーム、母ビールジャント。シェイクの日本馬軍団の中で最も古株の9歳馬である。
WINSで顔馴染みの日暮らしオヤジが唱える「馬っ子は人間で換算すると1年で7つ歳をとる。」という動物学を真実と推定すれば、ティーハーフは63歳。
ジジイと呼ぶにはまだ早いが、あと2年で社会の一線級から勇退すると考えれば、随分な高齢者である。
藤澤和雄曰く、「サラブレッドが最も充実するのは、5歳の秋」らしい。藤澤論からすると、ティーハーフの旬は、とうの昔に過ぎ去っているわけだが、なかなかどうして、この老馬は衰えることを知らない。
2012年。圧倒的な支持を受け武豊を背に初陣を飾って以来、若き日のティーハーフは、常に上位人気に名を連ねる馬だった。
しかし、その支持に毎回シッカリ答える、というわけではなく、あと一歩が届かない歯痒い成績を積み重ねていた。
競馬ファンというのは不思議な連中で、連戦連勝の最強馬より、この様な「もう少しなんだよなぁ!」という馬を愛する傾向がある。
“愛さずにはいられない。”
と、ポスターになったステイゴールドが、そのファンの想いを代弁してくれている。
私は馬柱でティーハーフの名を見るたびに、特別予算(100円)を組んで単勝を買い続けた。いつか必ず…。と願いながら、愛さずにはいられない馬を見守った。
花が咲いたのは5歳の夏頃。国分優作とコンビを組んで、1000万下、1600万下の条件戦を連勝し、迎えた重賞、函館スプリントS。ここでティーハーフが見せてくれた終いの脚は、記憶に焼き付けている。
いつの間に!と驚くような末脚を繰り出し、待望の重賞制覇。嬉しかったなぁ。
単勝は630円。行ったれや!と、財布とカバンに入っていた有り金全部ぶち込んだ。その帰りは寿司を食べ、浮かれながら夜の街へ消えたことを覚えている。素晴らしい夏の日だった。
ところが、GIを勝てる位置についてからは、苦戦の連続だった。上位人気馬から穴馬へ転落し、馬場で主役として見る人は潮が引くように居なくなった。それでも私は、競馬場を去る日まで親友でいよう。と、一方的に誓い買い続けた。
我が友は、そんな押し付けがましい私を裏切らなかった。昨年の鞍馬S。血気盛んな3歳馬達がマイル王の座を争っている裏で、8歳のティーハーフは激走する。
上がり32.7の脚を繰り出し、12番人気で勝利。爺さん馬には似つかわしくない鬼脚を見せられ、心臓が止まりかけた。これじゃあどっちが年寄りなのか分からない。その日、破裂寸前まで鼓動したノミの心臓を抑えつつ、夜の先斗町に消えたのは言うまでもあるまい。
そんな翁が最近、元気である。年明けの淀短距離S、重賞のシルクロードSは共に人気薄ながら3着と好走。単勝しか買わない我が馬券スタイルからすると、一文の儲けにもなっていないのだけど、そんなことはどうでもいい。もう一度、勝てるという期待感だけで満足だ。
我が友よ。くれぐれも馬場で命を落とすな。全てを全うし、広い大地で穏やかに生活してから昇れ。
お年寄りはナメたらあきません。