1984年12月4日 JRA顕彰「競馬の殿堂」設立

2017/12/04

カテゴリ:色々なはなし / Pacallaオリジナル

12月4日プレイバック

「今日」12月4日のプレイバックです!

1984年の今日は、競馬の殿堂が設立された日でした。

 

競馬の殿堂

33年前の今日、1984年12月4日にJRA顕彰馬として、10頭の馬が選出されました。

日本中央競馬会30周年記念事業(昭和59年)の一環としてこの制度が発足しました。

競馬の殿堂とは

JRAでは、中央競馬の発展に特に貢献があった馬および調教師または騎手について、その功績を讃え、顕彰を行っております。
なお、選定された顕彰馬および顕彰者のブロンズ像、絵画(肖像画)などの関係資料は、東京競馬場内のJRA競馬博物館に展示されております。

出典:JRA 競馬の殿堂

選考基準は、毎年報道関係者による投票によって決められています。

JRA創立50周年(平成16年)の年には、調教師および騎手からも顕彰者を選出するようになりました。
創立60周年(平成26年)にも記念事業の一環として新たに顕彰者が選出されています。

 

 

歴代の顕彰馬

名馬中の名馬。誰しも知るようなビッグネームばかりなのは当然です。

昭和59年の競馬の殿堂発足時に選出された10頭をご紹介します。

 

クモハタ

第8回の東京優駿の優勝馬であり、
種牡馬としても6年連続リーディングサイヤーを獲得した日本競馬の礎を築いた名馬です。

競走成績こそ、圧倒的ではなかったものの、
種牡馬としての貢献度の高さが評価され、顕彰馬に選出されました。

産駒であるメイヂヒカリも、平成2年に顕彰馬として選出されています。

http://www.jra.go.jp/gallery/dendo/horse01.html

 

セントライト

最初のクラシック牡馬三冠馬です。
戦前唯一の三冠馬であり、種牡馬としても成功しました。

菊花賞トライアルとして、セントライトの名を冠したセントライト記念があります。

最近ではキタサンブラックが優勝したレースとしても有名です。

http://www.jra.go.jp/gallery/dendo/horse02.html

 

クリフジ

史上3頭しかいない牝馬のダービー馬の1頭です。

ウォッカが2007年にダービーを勝つまで、64年間牝馬のダービー制覇はありませんでした。

戦績は11戦全勝。
しかもそのうち7戦が着差10馬身以上という圧倒的な強さのため、
現在も往年の競馬ファンからは史上最強の馬はクリフジ、という意見が途絶えません。

http://www.jra.go.jp/gallery/dendo/horse03.html

 

トキツカゼ

こちらもクリフジに続いて牝馬の選出です。

牝馬による現:皐月賞の初制覇、オークス制覇など、
競走成績も素晴らしいですが、
本馬は産駒の成績により顕彰馬に選出された唯一の馬です。

産駒はダービー馬のオートキツ、天皇賞や有馬記念覇者のオンワードゼアがいます。
二頭とも年度代表馬に選出されています。

現在もトキツカゼの血はまだ日本競馬で続いています。

http://www.jra.go.jp/gallery/dendo/horse04.html

 

トサミドリ

セントライトの弟としても有名なトサミドリ。
ダービーは勝てませんでしたが、皐月賞・菊花賞の二冠馬。

セントライト記念も勝ってたりします。

この馬の特筆すべきは種牡馬成績。
たくさんの勝馬を産出しており、
フジキセキが2011年に更新するまで、通算1135勝は内国産種牡馬最多勝利でした。

http://www.jra.go.jp/gallery/dendo/horse05.html

 

トキノミノル

10戦10勝で三冠も確実を言われながら、
ダービー後に破傷風が原因で死去した「幻の馬」。

競馬にたらればは禁物ですが、
この馬が生きてレースを続けていたらどのくらい勝ち続けたのかと夢想する方も多いはず。

東京競馬場にはトキノミノル像が建てられてます。
また、共同通信杯の副称としてトキノミノル記念と名付けられています。

http://www.jra.go.jp/gallery/dendo/horse06.html

 

ハクチカラ

東京優駿、天皇賞や有馬記念優勝後、
日本の競走馬として始めてアメリカに長期遠征をした同馬。

当時の日本最強馬としてアメリカに挑戦しましたが、
ハクチカラをもってしても勝てないのが当時の日本と海外の差でした。

それでも翌年にはワシントンバースデーハンデキャップに優勝し、
日本馬による国外の重賞初制覇を達成。

種牡馬としては日本では成功出来ませんでしたが、
その後インドに寄贈され、現地で数々の名馬を産出しました。

http://www.jra.go.jp/gallery/dendo/horse07.html

 

シンザン

戦後最初のクラシック三冠馬。
今も最強馬はシンザンと推す声も多いです。

当時牡馬が出走可能なGⅠを全て勝利したというのですから強すぎます。

19戦15勝ながら、連対率100%。

偉業を讃え、この馬もまた重賞に名を冠します。(シンザン記念)

また、35歳まで生きるという長寿であったことでも有名です。

http://www.jra.go.jp/gallery/dendo/horse09.html

 

ハイセイコー

第一次競馬ブームを巻き起こした本馬。

当時競馬に興味が無い人でもハイセイコーの名は知っているほどの知名度でした。

地方競馬を6戦全勝で勝ち上がり、
JRAに移籍後、皐月賞を優勝。同年のダービーではタケホープに負けてしまいますが、
ハイセイコー人気は留まるところを知りませんでした。

自信が勝てなかったダービーを産駒のカツラノハイセイコが優勝。

1970年代の競馬史、そして日本の歴史にも名を刻むほどの有名馬です。

http://www.jra.go.jp/gallery/dendo/horse11.html

 

トウショウボーイ

70年代半ばに、テンポイントとグリーングラスとともに、
TTG 3強時代の一角を担った本馬。

ライバル達との激走は今も語り草になっていますが、
種牡馬としても優秀な成績を収めてます。

有名なのがシンザン以来19年ぶりの三冠馬ミスターシービー。

トウショウボーイは種付け料が安価だったため、
中小牧場には特に多く種付けされた種馬でした。

ノーザンテーストに次ぐリーディングサイアー2位を2年連続獲得していましたが、
92年に蹄葉炎にて死去してしまいます。

もっとこの馬の産駒を見てみたかった牧場関係者も多かったと思います。

http://www.jra.go.jp/gallery/dendo/horse12.html

 

 

こうやって並べてみてもやはり名馬中の名馬揃いです。

これからも日本の競馬史に名を残す名馬を見れることを祈って、
今回のプレイバックお開きにしたいと思います。

 

他にも顕彰馬や顕彰者が紹介されていますので、
是非JRAのサイトを確認してみてください!

競馬の殿堂
http://www.jra.go.jp/gallery/dendo/

 

 

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