いまさら聞けない競馬学『サラブレッドの三大始祖』をおさらい!

2020/10/11

カテゴリ:馬のはなし / 色々なはなし / Pacallaオリジナル

 

こんにちはPacalla編集部のやりです。

Pacallaをいつも読んでくださっている皆さんは、競馬好きの方が多いので、恐らくサラブレッドの『三大始祖(さんだいしそ)』という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか? パッと3頭の名前を答えられる人も多いでしょう…。

しかし、私の超独自調査によると、約7割の人が「実は詳しいことはあんまりよく知らない」ということが発覚…!かくいう私もその一人です。そんなわけで、今回はサラブレッドの三大始祖について一緒に学んでいければと思います!

 

父系をさかのぼると必ず3頭の馬(三大始祖)のいずれかに辿り着く!

まず、三大始祖とは何なのかをおさらいしていきましょう! 現代の世界中にいるサラブレッドの父系の血統をさかのぼっていくと必ず3頭の種牡馬に辿り着きます

その3頭とはバイアリーターク(1680年誕生)・ダーレーアラビアン(1700年誕生)・ゴドルフィンアラビアン(1724年誕生)。この3頭のことを一般的にサラブレッドの三大始祖と呼びます。

 

(無事⁈ ダーレーアラビアンに辿り着きましたね!)

 

 サラブレッドをつくろうとしたのはいったい誰?!

現代の競馬やサラブレッドの起源は、18世紀の初頭に在位したイギリスの女王アンとその夫ジョージによるものといわれています。アンとジョージは競馬に非常に熱心で、中東からアラブ種※の種牡馬を輸入し、イギリス在来馬を祖先に持つ馬たちの改良に力を入れました。

18世紀の半ばまでにイギリスに輸入された種牡馬は実に200頭以上。しかし、そのうちの半数近くはすぐに絶えてしまったため、イギリスの血統書第1巻には102頭しか掲載されていません。この102頭についても徐々に血統が途絶えていき、最終的に現代まで父系が残っているのは前述のバイアリーターク・ダーレーアラビアン・ゴドルフィンアラビアンの3頭だけというわけです!

※バイアリータークとダーレーアラビアンはターク種、ゴドルフィンアラビアンについてはターク種またはバルブ種であったという説もある。ターク種はトルコ地方原産の馬、バルブ種は北アフリカ原産の馬。

①イギリスでは昔から『東方の馬はイギリス在来馬を祖先にもつ馬よりも(競走馬として)優れている』と伝えられてきた。事実、ポニーのようなイギリスの馬よりも、中東など砂漠地域で生まれた、肢の長い筋肉質な馬の方が速く走れたと考えられる。

 

オスマン帝国の軍馬だった? 謎多き種牡馬『バイアリーターク』

<バイアリーターク>
品種:アラブ種またはターク種
生誕:推定1680年/死没:1705年
出生地:現在のトルコ周辺
生産者:不明
馬主:ロバート・バイアリー

さて、ここからは三大始祖の3頭を生まれた順に紹介していきましょう!
まずは1680年に現在のトルコ周辺(当時のオスマン帝国)で生まれたとされるバイアリータークです。バイアリータークは3頭の中で最も謎が多い馬といわれています。

 

ヘロドの活躍によって救われた、バイアリータークの血脈

バイアリータークはオスマン帝国の軍馬で、イギリスがハンガリーの地でオスマン帝国と戦争をしたときに、イギリス第6近衛竜騎兵隊のロバート・バイアリー大尉が捕獲し(戦利品として略奪したともいわれる)、この馬名がつけられたとされています。

もともとバイアリータークは種牡馬としてはあまり優秀でなく、すぐに消えてしまいそうな父系でした。しばらくは結果も出ず、関係者たちの努力によって細々と血統が受け継がれていたようです。ところが、バイアリータークから数えて5代目の『ヘロド』という馬の活躍によって血脈の消滅を免れ、それどころか三大始祖という栄誉に輝くことになったのです!

ヘロド自身は前肢が弱く、ほかにも故障があったため、競走馬としては大きな成績を残していません。しかし、イギリスで始まったダービーの第1回優勝馬はヘロドから数えて3代目の『ダイオメド』。またダイオメドから数えて5代目の『レキシントン』はアメリカで16回のリーディングサイヤーに輝くなどアメリカ競馬史上に名を残しました。こうして、ヘロドは種牡馬としての大きな成功を収めたのです。このヘロドのおかげで、バイアリータークの血統は19世紀の初頭まで繁栄し、『ヘロド系』とも呼ばれるようになりました。

 

昇竜の勢いはどこへ? バイアリーターク血統の衰退

そんな昇竜の勢いだったバイアリータークの血統ですが、19世紀後半~20世紀になると急速に衰退してしまいます…。アメリカ競馬史における永遠のヒーロー『レキシントン』の系統さえも、後継が育たずあっさりと消滅。ヨーロッパでもその衰退っぷりは同様で、バイアリータークの血脈は消滅の危機にまで落ち込んだといいます。

かろうじて血を伝えたのはヘロドから数えて2代目の『ウッドペッカー』でしたが、そこから十数代にわたって大成した直系子孫はおらず、細々とその血脈を繋ぐといった状況だったそう…。そんな中、やっと現れたのがウッドペッカーから数えて11代目の『ザテトラーク』と14代目の『トウルビヨン』でした。

ザテトラークは、当時イギリスでほとんどいなくなっていたヘロド系の復興に情熱を注いていたエドワード・ケネディの牧場で1911年に誕生した芦毛の馬です。同馬はイギリスで『20世紀最強の2歳馬』といわれ、当時の“芦毛は他の毛色と比べて能力が劣る”というイメージを払拭しました。現在、父系は衰退してしまいましたが、母系に入ってもなお、その毛色は子孫に影響を与えています。

一方、トウルビヨン系は、今もわずかながらですが、その血統を欧州に残しています。日本では過去に『パーソロン』が大成功し、メジロアサマ・メジロティターン・メジロマックイーン(父子3代天皇賞馬)やシンボリルドルフ・トウカイテイオー(父子2代日本ダービー馬)を輩出しました。

②ヨーロッパにおいて、現在も残っているバイアリータークの血統はリュティエ系・ロレンツァチオ系・ザテトラーク系。しかし、ザテトラーク系はほぼ残っておらず、リュティエ系・ロレンツァチオ系も先細りである。

 

現在のサラブレッドの90%以上に影響を与える『ダーレーアラビアン』

<ダーレーアラビアン>
品種:アラブ種またはターク種
生誕:推定1700年/死没:1730年
出生地:現在のシリア周辺
生産者:アラゼー族(遊牧民)
馬主:トーマス・ダーレー

次にご紹介するのは、サラブレッドの三大始祖の中で最も有名であろう『ダーレーアラビアン』です。

 

エクリプスから発展した大父系、ダーレーアラビアンの血統

ダーレーアラビアンは推定1700年に現シリアの遊牧民アラゼー族によって生産されました。シェイク・ミルザという遊牧民が所有し、この頃はマンニカという名前だったそうです。当時、オスマン帝国のアレッポ(現在のシリア北西部)に駐在していたイギリス領事トーマス・ダーレーが、前述した女王アン治世の初期にイギリスのヨークシャーに持ち込んだといわれています。

ヨークシャーで種牡馬となったダーレーアラビアンは、6戦不敗の歴史的名馬といえる『フライングチルダーズ』とその全弟『バートレットチルダーズ』を輩出します。バートレットチルダーズは競走馬としてはレースに出ませんでしたが、皆さんご存じの歴史的、世界的超有名馬『エクリプス』の曾祖父となったことで種牡馬としての成功を手に入れました。
ダーレーアラビアンの血統はこのエクリプスによって大きく発展したため、『エクリプス系』とも呼ばれており、現在では世界中のサラブレッドの90%以上を占める大父系となっています。

③ダーレーアラビアンについて、イギリス側はトーマス・ダーレーがアラブの族長から買い取ったと主張しているが、シェイク・ミルザは略奪されたと主張している。真相は未だ不明であるが、怒ったシェイクは同馬を管理していた牧場長と牧夫を処刑、女王アンにも抗議文を送りつけている。

 

一着エクリプス、あとの馬はどこにもいない

エクリプスは息労(慢性肺疾患)を患っていたといわれています。そのためか、5歳になるまでレースに出ることがありませんでした。1769年にやっとの初出走。そしてトライアル競走で、かの有名な“伝説の走り”を見せることになります。
エクリプスは誰もが驚く速さで走り去り、他の馬はまったく追いつけないレースを展開するのです。それ以来、「一着エクリプス、あとの馬はどこにもいない」という名言が使われるようになりました。

エクリプスは競走馬としてトータルで21レース(2シーズンのみ)に出走し、一度も負けることがありませんでした。その後、334頭の勝馬産駒を輩出し、競走馬としても種牡馬としても伝説の馬となったのです

④エクリプスという馬名は『皆既日食』を意味している。1764年4月1日の皆既日食の日に生まれたため、この名がついたとされていたが、後のグリニッジ天文台の調査によるとその日に皆既日食はなかった。

⑤伝説になりすぎたエクリプス。イギリスには同馬の骨格標本といわれるものが4~5体存在している。どれが本物であるかは不明である。

 

エクリプスの血は後継種牡馬の『ポトエイトーズ』『キングファーガス』から発展していきました。19世紀の終わりにはキングファーガス系の『セントサイモン』が出現したことにより、急速に勢力を広げ、ハイペリオン・ネアルコ・リボー・ナスルーラ・ノーザンダンサー・ミスタープロスペクター・サンデーサイレンスといった名馬たちを生み出しました。

 

ドラマチックな馬生を生きた『ゴドルフィンアラビアン』

<ゴドルフィンアラビアン>
品種:アラブ種またはターク種またはバルブ種
生誕:推定1724年/死没:1753年
出生地:現在の北アフリカまたはシリア周辺
生産者:不明
馬主:第2代ゴドルフィン伯

最後にご紹介するゴドルフィンアラビアンは三大始祖の中で、最も遅くイギリスに入ってきました。ジェネラルスタッドブックにも死後40年経ってから記載されたため、その生涯は一部創作されているともいわれています。

※今回の調査でも、資料によって様々な説があったため、それを念頭に以下お読みいただければ幸いです。

ルイ14世のもとから種牡馬になるまでの数奇な運命

ゴドルフィンアラビアンは推定1724年に北アフリカのバルバリアで生まれたといわれています。ゴドルフィンバルブとも呼ばれるのは、生地のバルバリアがアラブではなくバルブであり、アラブ馬ではなくバルブ馬だという声があるためです。

ドラマチックな馬生を生きたこの馬は、モロッコ皇帝からフランスのルイ14世に献上されるほどの良馬とされながら、ルイ14世に気に入られず(※1)、その後はなぜかパリ市中で散水車を曳いていたといいます。その後、散水車を曳く姿を見て同馬を気にいったイギリス人のエドワード・コーク氏に引き取られました。

(※1)ルイ14世が輸送で痩せた状態のゴドルフィンアラビアンを見たためともいわれる


しかし、ゴドルフィンアラビアンはすぐに種牡馬になったわけではありません。コーク氏はその馬をロジャー・ウイリアムス氏に譲りましたが、その後、ゴドルフィン伯に贈られました(※2)。1731年に、種牡馬ホブゴブリンと交配予定になっていた繁殖牝馬ロクサナの当て馬として使われるようになります。

しかし、本来ロクサナと交配予定だったホブゴブリンはなぜかロクサナにまったく興味を示さず、代わりにゴドルフィンアラビアンがロクサナと交配されることになったのです。その結果生まれたのが『ラス』であり、ラスはダーレーアラビアンの子『フライングチルダーズ』以後、最も名高い競走馬となりました。

(※2)資料によって馬主の変遷は前後している

 

マッチェムによって繁栄した、ゴドルフィンアラビアンの血脈

この父系は、ゴドルフィンアラビアンから数えて3代目、1748年に生まれた『マッチェム』によって大きく繁栄しました。そのため『マッチェム系』と呼ばれますが、マッチェム自身は競走馬としての大きな実績はなく、種牡馬として期待されていませんでした。しかし、その子孫は優れた競走馬や種牡馬が多く、特に『コンダクター』が『トランペッター』を輩出したことで、現在までの流れをつくりました。そして、マッチェムから数えて8代目の『ウエストオーストラリアン』はイギリスの初代三冠馬になっています。

ヨーロッパでは主流の血統ではなかったマッチェム系ですが、アメリカでは『スペンドスリフト』がリーディングサイヤーとなり、その子である『ヘイスティング』も、リーディングサイヤーとなりました。ヘイスティングの子『フェアプレイ』から生まれたのが、アメリカの歴史的名馬『マンノウォー』です。しかし、マンノウォー自身は名馬であるものの種牡馬としては大成しませんでした。

ゴドルフィンアラビアンの父系が発展しなかった理由

現在、三大始祖の中ではダーレーアラビアンの血脈(エクリプス系)が圧倒的でありますが、この血統の勢力拡大のきっかけとなったエクリプスの母父は、実はゴドルフィンアラビアンです。同馬はエクリプスの母父となったがために、自身の父系発展ができなくなってしまったとも考えられます。

⑥日本でも、サラブレッド種牡馬『月友』の父として『マンノウォー』の名は古くから知られている。月友は日本ダービー馬を3頭、ほかにオークス馬や桜花賞馬を輩出した。

⑦日本にはマンノウォー系の活躍馬はあまりいない。しかし、日本でリーディングサイヤーになったリアルシャダイの母父がマンノウォー系の種牡馬である。母系に入った血はすばらしい影響力があり、その点を特にアメリカでは重宝がられている。

***

漠然とサラブレッドをさかのぼっていくと辿り着くアレだよね…アレ…と思っていた『三大始祖』。 3頭の偉大な種牡馬が成功を収めるまでには、これまで知ることのなかったそれぞれのストーリーがありました。まだまだ謎が多い三大始祖ですが、近年の遺伝子研究の発達に伴い、新たに解明されることもあるでしょう。また、新しいニュースがあったときにはぜひお届けしたいと思います!

 

<写真提供>
JRA競馬博物館

<参考文献・サイト>
JRA サラブレッド講座(2020年9月閲覧) https://www.jra.go.jp/kouza/thoroughbred/founder/
世界の歴史まっぷ(2020年9月閲覧)https://sekainorekisi.com/
図説 馬と人の文化史(J.クラットン=ブロック著/1997年発売)
図説 馬と人の歴史全書 (キャロライン・デイヴィス 編著/2005年発売)
競馬の血統学: サラブレッドの進化と限界(吉沢譲治著/2012年発売)
サラブレッドの誕生(山野浩一著/1990年発売)

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