【第5回】競馬のオタク訪問 ~馬を撮るフォトグラファーの仕事場~
2019/03/01
カテゴリ:Pacallaオリジナル
こんにちは!Pacalla編集部のやりゆきこです。
競馬のオタク訪問シリーズ第5弾、大変お待たせいたしました!
今回は、埼玉県にお住まいのフォトグラファー、太田宏昭さんの仕事場を訪問。太田さんは『馬』をテーマに、写真を撮り続けているフォトグラファーです。
《住人プロフィール》
【お名前】太田宏昭さん
【ご職業】フォトグラファー
【競馬歴】15年程度
【乗馬歴】3年程度
【好きな競走馬】サイレンススズカ、ワイルドジョイ
いたるところに馬が溶け込む、洗練された空間
太田さんの事務所のドアを開けると、さっそく目に飛び込んできたのは皆さんおなじみ『鼻セレブ~華麗なる名馬シリーズ~』の数々。
玄関を開けると真正面に華麗なる名馬シリーズが
ここまで揃えているなんて、これはかなりの競馬ファンとお見受けします…!
「いえいえ、私はそこまで競馬に詳しいわけじゃないですよ(笑)。競馬歴もそこまで長くないですし…。まあ、とりあえず上がって下さい」
と太田さん。
促されるままに上がらせていただくと、アーティストらしい洗練された空間が広がっています。ですが、よ~く見るといたるところに馬モチーフのアイテムが!
洗練されたリビング。キャットタワーには太田さんの愛猫ぐうちゃん。縁あって宇和島からやってきた
本棚には馬にまつわる映画のDVDや書籍。ご自身の作品が採用されているポスターなども
馬に目覚めたきっかけ『サイレンススズカ』
今、室内をざっと拝見させていただいただけでも、太田さんが撮られた作品がたくさんありますが、馬を撮り始めたきっかけというのはなんだったのでしょうか?
「今思うと少し恥ずかしいのですが、ディープインパクトが凱旋門賞に参戦した2006年に、NHKスペシャルで特集をやっていたんです。その番組の中でサイレンススズカについても触れられていて、その生涯…その物語に興味を持ちました。それからサイレンススズカについて調べるようになって…。11月1日がサイレンススズカの命日だということで、サイレンススズカが生まれた稲原牧場さんにお墓参りに行きました」
稲原牧場 サイレンススズカの墓
馬に目覚めたのは突然のことだったんですね。
Pacalla編集部としてはもっと多くの競馬ファンに牧場と接点を持ってほしいと思っていますが、現状では競馬ファンの中でも、牧場を訪ねる方というのは、かなりコアなファンだと思います。でも太田さんは馬に関心を持ってから、牧場に行くまでがすごく早いですね。
「そうですね。でも牧場に行ったのはいいんですが、その当時は牧場さんの見学システムとか、お昼は休憩で仮眠をとってらっしゃるとか、そういうことも全く知らなくて…。
最初、稲原牧場さんに伺った時も休憩中で誰にもお会いせず(笑)。後で撮らせていただいた写真をお送りしたら、ししゃもを送っていただいたりして。それから毎年お伺いするようになりました。
他にもたくさんの牧場さんにお邪魔しましたが、シンボリ牧場にシンボリルドルフを撮影にしに行った時には、これが7冠馬か!と40分近くシャッターを切り続けていたのに、実は別の馬だった!なんてこともありましたね。今思うと本当に恥ずかしいです…(笑)」
失礼ながら、そのエピソードはおもしろいですね(笑)。私の中で太田さんのスマートなイメージが先行しているので、ちょっと今のはツボに入ってしまいました…!
せっかくなので、40分間撮り続けた馬の写真を今回の記事で掲載させていただければと思います(笑)。
40分シャッターを切り続けた馬はシンボリスウォードでした!
ちなみにその頃、競馬の経験というのはあったんでしょうか。
「NHKスペシャルを見るまでは、競馬場にもほとんど行ったことがなかったです。でも牧場などに行くようになって、やっぱり競馬も見てみたいと思うようになりました。
きっかけがサイレンススズカだったので、もっぱらスズカの馬ばかりを応援していましたよ。当時はスズカフェニックスが安田記念を勝つなど頑張っていた頃です。
まだまだ競馬に詳しいと言えるレベルではありませんでしたが、スズカフェニックスが放牧されていると聞いて、岩手県の遠野まで行くほどなりました。そこにはスズカフェニックスの馬主である永井啓弐さんの他の馬も来ていて、ご親戚の永井康郎さんのメルシータカオーという障害のG1馬も一緒でした。
その後、まったく馬と関係ない仕事で九州にいくことがありまして。たまたま手配されたペンションに宿泊していたら、朝6時にパカパカと蹄の音が聞こえてきたんです。気になって散歩に出ると、向こうから馬を連れてくる人が。
この馬の名前は?と尋ねたらスズカブラックと言うんですよ。もちろん永井さんの馬でした。偶然の出会いにすっかり話し込んでしまいまして、そうしたらメルシータカオーも放牧に来ていると。とても話が弾んで、その方にメルシータカオーが中山大障害に勝った時の蹄鉄をいただいたんです」
遠野でも九州でもメルシータカオー!なんだか運命めいたものを感じますね。
「その1~2日後、メルシータカオーが亡くなったという一報を受けました。非常に不思議な縁を感じましたね。
4~5年前には中京競馬場にサイレンススズカの銅像が立つということで、除幕式に行く機会がありまして。馬主の永井啓弐さんともお会いすることができました」
サイレンススズカから始まり、メルシータカオーがつないだ不思議な縁。それを象徴するものが、太田さんの仕事場にはたくさんありました。
メルシータカオーが中山大障害で勝利した時に履いていた蹄鉄[右]
永井啓弐さんからいただいたというスリーロールスのジャンパー
デスクサイドには2016年のスズカローズマリー産駒スズカマリーシップの写真が
慣れない競馬場での撮影から、馬でアートを追求するフォトグラファーへ
これまでのお話をお伺いすると2006年には馬の写真を牧場などで撮影されていると思うんですが、競馬場での撮影のお仕事はいつ頃からされているのでしょうか?
「中央競馬を撮り始めたのはその2年後くらいかな。撮影パスをもらったのが2008年頃だったと思います。でも最初の頃は本当にひどかったですよ。次のレースはどっちから馬が走ってきますかね?というレベルでした(笑)。たくさん怒られましたよ。最初はもう少し目立たないようにしていればよかったと反省しています…」
太田さんにもそんな時代があったとは…。
お写真を拝見すると、スピード感溢れるレース写真!というものよりも馬の優しい表情や、ホースマンと馬の心の触れ合い、その一瞬を切り取ったもの。馬だけではなくまわりの情景も含めて作品になっているもの。といった非常にアート寄りの作品が多い気がするのですが、そのあたりはいかがでしょうか。
「競馬でアート寄りの写真を撮るというのはなかなか難しいことです。でもレース写真は私よりも上手い人がたくさんいますし、私はさきほどおっしゃったような写真を任されることが多いかもしれません。自分ではまだまだだと思っていますが、馬をテーマにもっともっとアートを追求していきたいです。
馬を撮り始める以前は、心象写真というのかな…言葉で説明がしにくいのですが、音楽を聴きながらフランスの風景などを撮っていました。私の写真は音楽ととても深い関係にあるんです。写真というのは本人が想像できない、イメージできないものは撮ることができません。音楽を聴くことで、そのイメージが湧いてくるわけです。馬もそういう感性をもって撮影したいですね」
馬をテーマにする前に撮影された心象写真。太田さん自身も影響を受けたアーティスト日向敏文さんのCDジャケット等に採用されている
フランスのペルシュロン牧場で撮影したペルシュロン [デスクトップ左]
アドマイヤムーン産駒のドーヴァーと月を撮影した“ドーヴァー・オブ・ザ・ムーン” [デスクトップ右]
初めて稲原牧場さんを訪ねた2006年生まれの牝馬たち。紅葉が牧場の秋を伝えてくれる
そういう気持ちを持って競馬場で撮った写真の中で、ご自身の心に残っている写真というのはどんなものがありますか。
「ブエナビスタが、1年前のジャパンカップで2着に降着になって以来1番人気を背負いながら勝てず、ついに2番人気となってしまい、誰もがもう勝てないのではと思っていた翌年のジャパンカップでしょうか。
岩田騎手が騎乗し見事に勝利しました。ウィニングランまではそれほどでもなかった岩田騎手ですが、普段感情をあまり表に出さない山口厩務員が泣いていたので、岩田騎手も感情が込み上げてきて号泣してしまいました。あたかもブエナビスタまで泣いているようなこの写真が、今まで撮影してきたレースの中でも一番感動した瞬間でした」
2011年 ジャパンカップ勝利後のブエナビスタ。この写真は優駿に見開きで掲載された
「その後、山口厩務員には特別の想いを抱いてきました。ハープスターで凱旋門賞に挑み、ラモレイの小林厩舎で山口厩務員に会えた時は感慨が深かったです。
これまでで一番印象に残っている馬はジョワドヴィーヴル。とても繊細な身体つきをしている馬でしたが、姉のブエナビスタより天真爛漫で、神経質なところがなかったそうです。
1番人気の桜花賞でジェンティルドンナに敗れ、厩舎地区で見たジョワドヴィーヴルは今まで見た中でいちばん可憐で可愛かった。ですが悔しい負け方をした直後だったので山口厩務員の気持ちを想うとシャッターが押せませんでした。今思うとあの時撮っていたらよかったなと…」
ヴィクトリアマイルのレース後の写真。これがジョワドヴィーヴルを最後に撮影した写真
フランスで行ったばんえい競馬の写真展『砂の軌跡』
ここまではサラブレッドの撮影を中心にお話を聞いてきましたが、太田さんの事務所では「ばんえい競馬」のばん馬たちにまつわるものもたくさん見つけることができました。
太田さんが撮影したばん馬のカレンダー
ばん馬たちの大きな蹄鉄!
太田さんは、ばんえい競馬の写真もたくさん撮られていますが、過去にフランスでの個展も行われたとお聞きしています。その時のお写真などはありますか?
「2017年の10月、フランス・パリ南西のペルシュのエコミュゼ・ド・ペルシュでばんえい競馬写真展を開催した時の写真がこれです。ちょうど帯広競馬場でのばんえい競馬単独開催から10周年だったので、それに合わせて開催する運びになりました。
これが会場の外観。1000年前に建てられた修道院が博物館になっています」
博物館の外観
「エコミュゼ・ド・ペルシュがあるのはノルマンディーの大自然の中。周りはこんな感じです。地平線の左のほうに見えるのが写真展会場ですよ」
エコミュゼ・ド・ペルシュのまわりには広々とした草原が広がる
「内観はこんな感じです。天井があまりにも高く脚立では届かないので、弓矢でロープを梁にかけて写真を吊しました。天井から吊した写真は縦6メートル、横6メートルあります」
当日の会場の様子
弓矢で梁にロープを[左]/現場監督(笑)をしていた犬のトミー[右]
これは素晴らしいですね…!ばん馬たちの写真はもちろんですが、会場のコーディネートも抜群に美しいです。ですが、なぜフランスでの開催だったのでしょうか。
「ばんえい競馬の馬、日本輓系種は主にペルシュロン、ブルトン、ベルジャンという3種類の馬の血が流れています。その中でも、明治時代に日本に最初にやってきたのがイレネー号というペルシュロンだったといわれています。 写真展の開催にこの地を選んだのは、ペルシュロンの生産地だったからです」
なるほど。そういうことだったのですね!
「ばん馬は毛色のバリエーションなどがサラブレッドより多くて、そういう意味でも被写体として非常におもしろいですよ。特にアンローズという牝馬がとても好きで、私にとっては特別な馬だったんです。引退後に繁殖にあがって、最初に生まれた産駒がこの写真集の表紙のキタノキセキです。
写真展や写真集は多くの方に応援していただきました。
写真集『砂の軌跡』。表紙の馬はキタノキセキ
写真展開催にあたり出版された写真集『砂の軌跡』に掲載されている写真は、まさに先ほど太田さんがおっしゃっていた“馬でアートを追求したい”が体現されているものばかり。
この写真集の撮影をする時も音楽はいつもそばにあり、ばんえい競馬をとりまく人間ドラマを題材とした映画『雪に願うこと』の伊藤ゴローさん作曲のサウンドトラックを聴きながら撮影に臨まれたそうです。
今回は特別に、写真集の中を少しだけご紹介させていただきます。
特別に写真集の中身をチラ見せ!その1
特別に写真集の中身をチラ見せ!その2
日本一のラッキーホース?! 愛馬『ワイルドジョイ』
実は、私が太田さんの作品を最初に拝見したのは乗馬雑誌『乗馬ライフ』(現・馬ライフ)の写真だったのですが、競馬だけでなく乗馬もしていらっしゃるんですよね。
「はい、ここ3年ほどですが乗馬もしています。今日お話したメルシータカオーと同じ牧場出身の馬で、ワイルドジョイという馬がいまして。8歳まで中央でレースに出ていて、私はずっと応援していたんです。特別成績のよい馬ではありませんでしたが、ジョイの馬主さんが持つ“最後の馬”ということで長く走らせてもらえたんでしょう。
ジョイは引退後にお肉屋さんまで行っていたそうなんですが、厩舎の調教師さんと厩務員さんがギリギリのところで買い戻して。今の乗馬クラブに預けられたという本当にラッキーな馬なんです。私はそれから乗馬クラブに、ジョイに会いに行くようになりました。
そして今はジョイに乗っているんです。ジョイは馬ライフの表紙も飾っていますよ」
太田さんが撮影された乗馬ライフ・馬ライフの表紙[左]/強運のラッキーホース『ワイルドジョイ』[右]
買い戻してくれた厩舎の方々、乗馬になってからもずっと応援してくれる太田さん…そして雑誌の表紙を飾ることになるなんて…そう考えるとジョイ君は本当に強運な馬ですね。
乗馬クラブの大掃除の時に馬場に出したワイルドジョイ。すす払いでホコリまみれ(笑)
太田さんお気に入りの馬アイテム5選
今日は素敵な事務所を拝見させていただき、ありがとうございました。
最後にこちらの仕事場にあるアイテムで、太田さんが特に気に入っているものをいくつか教えていただけますか。
<お気に入り1>ドーヴィル海岸での調教風景を描いた絵画
「これはフランスのノルマンディー地域にあるドーヴィル海岸を描いた絵画です。非常に気に入っていますよ。
実は友人がマンションをリノベーションするので、太田さんは馬が好きだから貰ってもらえませんか?と。どんな絵か知らないでいただきますと言いましたが、現物を観てびっくり。私が大好きなドーヴィル海岸の絵だったんです。
若い頃、初めて海外旅行に行ったのがドーヴィルです。ここには競馬場もあるので、これは海岸で馬が調教されている時の絵でしょう」
<お気に入り2>シュライヒ社の木製厩舎
「動物のフィギュアを作っているシュライヒ社の厩舎。木製のところが気に入っています。現在はプラスチック製になってしまい、木製のものは販売終了になってしまいました」
<お気に入り3>中京競馬場限定!金鯱賞サイレンススズカのぬいぐるみ
「これはお気に入りというか、レアものという意味で…。中京競馬場限定のサイレンススズカのぬいぐるみです。“金鯱賞”の刺繍が入っているところがポイント」
<お気に入り4>馬が題材となっている映画DVD
「馬好きにはおなじみ『BLACK BEAUTY』は馬目線で描かれた映画という点ではやはり特別。『別れの朝』は恋愛モノの映画として扱われることが多いですが、乗馬のシーンが非常に多く、映像美がたまりません」
<お気に入り5> シュライヒ社のフィギュア『ワイルドジョイ』ver.
「シュライヒ社のフィギュアの色を自分で塗り替えて、愛馬のワイルドジョイver.にしてみました。足元に行くにつれて黒くなっていく毛色も再現。ライダーも自分に似せています(笑)」
太田さん、長時間の取材にお付き合いいただきありがとうございました!
素敵な事務所はもちろんですが、“馬を撮る”ということに対する想いや、たくさんの馬との縁やエピソードをお伺いすることができました。
太田さんのばんえい競馬写真集『砂の軌跡』はウマ好きさんに本当におススメの一冊です。ぜひ手に取ってみてくださいね。