雨中に咲いた桜
2018/04/06
カテゴリ:馬のはなし / Pacallaオリジナル
満開の桜の下で選ばれし少女達が競い合う桜花賞。ゲートオープンからゴールの瞬間、どの部分を切り取っても絵になるこのレースを”世界で一番美しい競馬”だと思っている。
いやいや、仏オークスの方が美しいよ。と、おフランスの競馬ファンは言うだろけど、人工の美はどう頑張っても自然の美に敵わない。競馬の主役は世界中どこでもサラブレッド、着飾ったマダムやマドモアゼルでは無いのだよ。
そんな美しい桜花賞には、雲ひとつ無い春の青空が必要不可欠だ。
普段は「神さん?そんなもんおらん。」と邪険に神さんを扱っている罰当たりな私だが、桜花賞の日だけは、どうにか晴天にしておくれ…と毎年祈っている。自分勝手もいいところである。
しかし。春の神さんの中には、花見が嫌いな神さんもいるらしい。
お前らは桜なんて関係あらへん。春になると酒呑んでアホみたいに騒いどるだけやないか!喧しいねん!
と怒り、乱暴に春雨を降らせる。そんなことあらへんわい!と、胸を張って言えない酒好きな自分が甚だ情けない…。
1997年。第57回桜花賞は、不運にもこの神さんが空の上にいた年だった。
間断なくシトシト降る雨は、桜の花弁を無慈悲に散らさせ、景色を灰色に暈かした。春霞と言えば風流かもしれないが、華やかさには欠ける。
生涯一度の花舞台がこの天気。人間なら空に向かって舌打ちの一つでもやるシーンだ。
この舞台に進んだ18頭の馬達の中に、そんな荒んだ者はいなかった。生態系の王だ!と威張り散らす人間なんかより、サラブレッド達の方がずっと健気で品がある。
一番人気に推されたのはダンシングブレーヴの娘、キョウエイマーチ。
与えられた枠は8枠18番。旧阪神競馬場のマイルは、スタートしてすぐにコーナーが現れる奇天烈なコースだった。
府中芝2000m、中山芝1600mと同じく、阪神マイルの大外枠も「レース前から死んだも同然」と囁かれる最悪の枠番だ。
しかしマーチには牝馬らしからぬ卓越した筋肉から生成されるスピードがあった。馬との花見を敢行出来なかったファンは、不幸にもピンク色の枠に入ったマーチに桜を見せてくれと願った。
ゲートが開く。
好発を決めたのは絶好枠の1枠2番を引いたミニスカートと上村洋行。出脚快調、すぐさま逃げ態勢に入った。その外からマーチの進軍。少し早いよ。と合図する松永幹夫の手綱を引き千切らんばかりのスピードで、ミニスカートに迫った。
この2頭から3馬身ほど離れた後続は一団。この中にいた2歳女王、ライアンの娘メジロドーベルは、矢継ぎ早に迫り来る泥塊を浴びながら機を狙った。
3~4コーナ。依然、先行2騎は脚色が良い。そろそろ行くぞ。と、合図を出したのは吉田豊。エルプス以来となる、関東コンビの桜制覇を目指しドーベルと吉田は上がって行った。
マーチはギリギリまで引き付けた。来るなら来い。強気の姿勢を崩さず迎えた最後の直線。
ここまで一緒に頑張って来たミニスカートを一瞬で置き去りにし、一気にトップスピードへ加速。
本当に馬場は不良なのか?と疑ってしまうくらいマーチは速く、パワフルだった。
坂を一気に駆け上り、圧巻の勝利を飾った瞬間、ファンはそれまで雨に暈されていた桜にようやく出会えた。
あの雨の中、一心不乱にゴールを目指したキョウエイマーチ。
トレードマークの桜色のメンコには泥一つ付いていなかった。
私は、これほど美しい桜の花弁をまだ見たことがない。